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南アに友達はいません。

2012/02/16 Thu 10:48

最近、夫は、新しい遊びを見つけて、すっかりそれに夢中だ。

「もちん、でんき あります、ちょっと さわって ください。はい!」

何を言っているのだと、最初は、とんちんかんであったが、とにかく触れとうるさいので、おでこに「ぴたっ」と手を当てた瞬間、

「びりびりびりびり!!!!」

まさに、感電したかのように、夫はベッドの中で、全身で最大限に暴れまくった。

よほど、こっちが、びっくりしたので、一瞬引いてしまったが、

「もちん、もいかい!もいかい!」

夫は楽しくてたまらないようで、さらに触れと催促する。

恐る恐る、肩に、ぺたっと触ったが、やっぱり、

「びりびりびりびりびり!!!」

嬉しそうに、まるで、陸に揚げられてしまった魚のように暴れまわって、ベッドが大変なことになった。

そういえば、うちに泊まっていた友人が、ゴードンのギャグについて、
「鼻くそ投げる振りしたり、椅子で通り道にバリア作ったり、ああいう小学生、いたよね、昔。」
と、的確なコメントをしていたが、どうやら、そのレベルで合っているらしい。

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★人のもの勝手に借りて、喜んでる、そういう、いたずらっ子、ですか。

確かに、喧嘩をすると、「しらん!」と言いながら、2階にぷんぷん上がっていくのだが、様子を見に行くと、廊下や階段に、椅子やらスーツケースやら、終いには、ダンボールなどまで置いてある。

「これ何?」、そう聞くと、

「わな です!きを つけて ね!」

律儀に罠と教えてくれては、もはや罠ではないのだが、本人はとても真剣に、ぷんぷん怒っているのだ。

そうそう、しばらく前は、「モッツァレラチーズの水切り」に夢中になっていたときもあった。

普通に、袋に入った、モッツァレラである。袋の端をはさみで切って、そこから、しゅうしゅうと出てくる、乳白色の水が面白い、色も、音も、面白いと、きゃっきゃと喜んでいるのである。

「やてみて ください。」

そう勧められて、気は進まなかったがやってみた。水が、ちょろちょろ、水切り口から出ただけで、やはり、全く、何が面白いのか、わからなかった。

またある時は、友人とpubで飲んで帰宅し、玄関の扉を開けたら、

「おかえり ぴかちゅう!」

と、満面の笑みで、スイカを足で転がしている夫がいた。

一瞬、自分が酔っ払っているのかと、目を疑ったが、どうみても、それはスイカであったので、

「え、あ、何をしているのかな。」と、混乱する頭を抱え聞いたところ、

「フットボールの れんしゅう です。けっこう むつかし。いま、いそがし。」

ごろごろー、本人はいたって、本気で、真面目のようだった。

「食べ物で遊んじゃだめなんだよ、ごーちゃん。」

面食らってしまい、そういうのが精一杯の私であったが、

「ぜんぶ たべる ぜったい たべます!」と、いつまでもごろごろ、ごろごろ、嬉しそうに、取り組んでいるので、そのうちに付き合いきれずに、寝てしまった。

朝起きたら、きれいに半分残ったスイカが冷蔵庫に入っていたが、

「どぞ!」

食べる気になれなかったのは言うまでもない。


その他にも、さまざまなエピソードは語りきれず、「この人は大丈夫だろうか。」と、本気で心配になったことも何度かあるのだが、日本に一時帰国した際に、ゲームセンターで、「きゃっきゃ」遊んでいる彼を見て、もしかして、この人は、小さな頃、南アで、こういうことを一切知らずに育ったのではと、ふと、思ったのだ。

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★はい、わたし、カバが一番、こわいんです。

彼はあまり、南アでのことを話したがらない。友達は?学校は?色々質問したが、

「覚えてない。」
の一点張りであった。

だが、ある時、テレビで偶然、南アのドキュメンタリーを観てしまい、その夜、悲しくて眠れなくなってしまったらしい、ぽつぽつと、色々なことを教えてくれた。

自分の実のおばあちゃんは、銃で撃たれて、ゴードンが生まれる前に亡くなった。

学校では、先生にも、友達にも、いじめられていた。

牧師さんのマンゴと呼んでいた、教会の庭にあるマンゴは、取り放題だった。

友達は、弟だけで、いつも、高圧電流の流れた柵に囲まれたある一定の敷地内、すなわち、ゴードンの家を含めた9軒の家が寄り固まるその場所から、あまり歩いて出る事がなかった。

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★これにさわると、びりびりです。

花火に夢中になって、家の中で花火をしたら、リビングのじゅうたんを燃やしてしまい、お母さんに木製のスプーンで、お尻を嫌というほどたたかれた。

電池を集めるのが好きだった。

小さな頃から、お父さんと銃の練習に出かけた。お父さんの銃の弾丸を詰めるのを良く手伝った。

イースターエッグをもらって、楽しみに取っておいたら、弟に食べられた。

乗馬が好きだったけれど、何度も馬から落ちた。今でも馬が好きだ。

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★8年ぶりのただいまでした。

家に来てくれる、優しい庭師のおじさんは、しょっちゅうサボって庭で寝転がって、ぐーぐー寝てしまい、お父さんに怒られていたので、弟と大笑いした。

お父さんとダム付近でよくキャンプをして、一度、ダムでおぼれかけたことがある。でも、おじいちゃんは、オリンピック水泳選手候補だった。

隣のおばあちゃんが、強盗にあって殺された。盗まれたのは、小さなトースターひとつだった。

弟がマンゴの木から落ちたのを、お父さんは、「ほれ、もう一度、マンゴ取りにいけ。」と、気にも留めなかった。

家事を手伝ってくれていたメイドさんは、「オランダに引っ越すんだ。」と言っても、南ア以外の土地があることを信じられず、地図を見せて説明した。「歩いていけるのかしら?でも、いつでも会えますから。」と、優しく微笑んでくれて、別れが悲しかった。

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★17歳までは、おかさんのごはんをたべていましたから。

大好きだったいとこが、兵役中に、誤爆のアクシデントで亡くなった。

10歳ごろからずっと、いつかは、外に出なければ、この国で、仕事を見つけるのは、とても難しいからと、計画をしていた、その為に、一時間でおにぎりが一個買えるかどうかの賃金でバイトをして、出発資金を貯めていた。だが、ユーロやポンドの高さに、腰が抜けるほど驚いて、ちっとも貯まる気がせず、焦った。

オランダにワーキングホリデーで出発する決意を伝えたら、お父さんが、スーツケースを買ってくれた。嬉しかった。

初めて乗った飛行機が、南アを旅立つ時で、とても不安だった。

オランダに着いたら、トラムや電車が走っていて、ものすごく驚いた反面、あまりにたくさんの人が、色々な格好で歩いていて、自分のジャケットやかばんを盗まれるのではと、夏なのに、かばんを胸に抱えて、ダウンのジャケットを脱げずに、汗を流して歩いた。

イギリスに仕事があるからおいでと誘ってくれた友人は、いざ、ロンドンについてみると、姿を現さなかった。当時のユーロスターの発着駅だったWATERLOO駅で、一晩、不安な思いで過ごした。

など、など。

それじゃ、友達は?と聞くと、

「しらん!みんな、17歳で南アを発つといったら、気取りやがって、抜け駆けだって、話してくれなくなった。それ以来、誰とも連絡を取っていない。南アに友達なんて、一人もいないよ。」

そうか、でも、南アは好きだよね、という私の問いにも、

「好きなのは、動物と、すごい壮大な自然だけだよ。もう、家であるとすら、思えない。ロンドンでの暮らしが、南アで暮らした年月と、同じ位経ってしまおうとしてるんだ、その間にも、ずっと、色々あった。本当に、ほっとできたのは、モモグラモと出会って、結婚して、初めて二人暮らしをしてからだよ。それまでは、常に、来ては去るいろんなハウスメイトとのトラブルを抱えていたし、仕事のキャリアアップや、どうやって生きていくかしか、考えていなかったからね!」

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★大好きな家の近所なんです。

そういえば、私が、出会った頃に、「あなたの幸せに感じることはなに?」と聞いたら、「そんな質問、意味が分かりません。」と答えていたっけ。

夢のない人だなあと思ったが、今は、私は「夢」や「幸せ」を思い描くことのできた、贅沢な身分だったのではと思う。そんなことより、「生き抜く」事が、最優先の人も、この世の中にはいっぱいいるのだと、気付くべきであったのに。

なんだか、うんと落ち込んでしまった私だが、彼は明るくのほほーんと付け加えた。

「だから、日本が好きなんだよ。ずっと、日本に行きたかった、行ってからは、住みたくなった。秋葉原は、丸ごと買い取りたいと、真剣に思った。京都は、あの、今でもお侍さんが、どっかから出てくるような雰囲気が好きだ。電車は嫌いだけれど、日本の新幹線なら、何十時間も乗っていたい。その間、限定のお菓子を山ほど食べたい。駅に漂う、おいしそうなおみやげ屋さんの香りも好きだ。名古屋の家族も、全国にちらばった友達も、みんな好きだ。友達は、気がついたら、日本の人たちばかりになってた。」

私は、今まで、このブログで、日本のことを良く言う夫に、「イライラする」と書いたことも多くあった。住んでこそ、いろいろな苦労もあり、そんな、夫が言うほど、すべてが完璧なわけではない。

自分は30年、日本で生まれ、育ったが、その中で、大変なことも、「あーあ」と思うことも、もちろんあった。私が以前、結婚生活を一緒に送らせてもらった人は、毎日が残業で、休日出勤も山ほどあり、一緒にご飯を食べられることは少なかった。とても、大変な、彼のような人も、男性、女性にかかわらず、たくさん見てきた。

友人は、新婚生活の中で、面接に行くたびに、「すぐに子供が生まれちゃうからね、辞められても困るんだよね。」と、なかなか、仕事をもらえず、悩んでいた。

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★すきじゃ、だめですか。せっかく生卵、たべれるようになりました。

小さな頃から防災訓練を必要とされる、それほど、自然災害の多い国、その中で、自分が平和に生きていくことも、お子さんやご家族を守っていくことも、ものすごく大変で、不安があることではと思う。私も小さな頃から、「東海大震災が来る。」と言われて育っていたので、今、地震がほとんど起こらない国に暮らして、どれほど、家族が、友人が、日本の皆さんが、不安でいるかと思うと、夫の能天気な憧れぶりに、「いらっ」とくる時もある。

夫のように、ビジターとして、ホリデーで日本に来るから、良いところばかり見えるのだと、「わかってない!」と思っている、思ってはいるのだが、

それでも、夫は日本が好きなのだ。特に、人が好きなのだ。



うちのばあちゃんは、私が小さな頃、ラーメン屋さんの屋台のラッパが聞こえると、

「ほれ、全部買うから、もう店閉めて、家族のところに帰れ!」と、ありったけ、家中のボウルやらおわんやらを持ち出して、外に駆け出していった。

「売れないと帰れない。」店主がそういうので、「そんなら、全部買う。」となったわけだが、そのうち、そのラーメン屋台が来る時間は、夜中の11時から、10時に早まり、終いには、8時ごろに変わった。

しかも、ばあちゃんちで、ラーメンを全部買ってもらった後、ご飯まで食べて、酔っ払っている店主のおっさんをみた事が何度もある。

さすがに、ばあちゃんも、これには辟易したらしく、「お前、もう少し、まじめに働け!真っ先にうちに来るな、ラーメンの量が多くて、近所に声かけても、食べきれないんじゃ!」と、おっさんをしかっていた。おっさんは、「えへへー」と照れ笑いをしながら、それでも、やっぱり、早めに来ては、ばあちゃんに泣きついていた。

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★バトミントンも13年ぶりに遊びました。

そのばあちゃんだが、なんと、警察のご厄介になったこともある。家族が家で留守番をしていたら、「すみません、お宅のおばあさんですよね。」と、警察から電話があり、家族は、「へえっ!!」と飛び上がったと言うのだ。

「それが、あの、中央分離帯で、お酒を抱えて、ひっくり返って、寝ています。危ないですから、迎えに来てください。」

あわてて駆けつけてみると、「おばあちゃん、危ないよ。」と、優しくその場の交通整理をしてくれるおまわりさんと、「うるさい!」と、駄々をこねる、ばあちゃんの姿があったそうだ。

散々ご迷惑をおかけしたにもかかわらず、おまわりさんは、「粋なおばあさんですね、でも、中央分離帯は、危ないですから、続きは家でお願いしますね。」と、優しく見送ってくださったと言う。それに対して、うちのばあちゃんは、「あっかんべー」と、大変失礼なことをしたらしい。そういえば、今回の一時帰国で、せっかくなので、じいちゃん、ばあちゃんの二人の写真を撮ってやろうと思ったが、シャッターが下りる瞬間に、「あっかんべー」とするので、持ち帰ってきた、一枚だけの、二人の写真は、ばあちゃんの顔が「べー」となっているのだ。

そして、ゴードンには、車の中で、「ベスト ふれんど!べすと ふれんど な!ゴードンは いい子だ!きれいな 目だ! べすと ふれんど。」と言い続けていた。

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★2年前の帰国も、いっぱい、おみやげ、もらいましたね。

大変な日本も、見えていない日本も、住んだことがないのだから、いっぱいあろう、でも、私はただ、一人で頑張ってきた彼を、そういう温かな人たちのいっぱいいる日本に、いつか、住ませてやりたい。

長野のあぜ道を、「周りに全く人がいない、怖いです。でも、こわくないかな、うれしかな。」と、こわごわ、それでも、嬉しそうに、草を踏みしめて歩いていた夫に、怖がらなくてもいいのだと、教えてあげたい。私は小さな頃から、幼馴染と、家の近所を泥だらけになって、走り回って遊んでいた。トムソーヤや、ガンバになったつもりで、釣りの真似事をしたり、基地を作ったりした。

真っ黒になって家に帰ると、がむしゃらに働いていたうちの母の変わりに、ドアノブに、「ごはん」と、お惣菜を掛けておいてくれる、近所の優しいおばちゃんもいた。

そういう、優しい、日本の人に囲まれて、私は育った。とても恵まれていたのだと思う。

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★生まれて初めて、新年会もやりますた。

友達と居酒屋で飲む楽しさも、家族と温泉に入る温かさも、私がうんと経験していた頃、彼は一人でホステルに住み、「夢」や「幸せ」など考える暇もなく働いていたのだ。今度は、彼の番だと思う。大すきなほっけをいっぱい食べて、限定キットカットを思う存分楽しんで、大すきな新幹線で「うとうと」、そこにはいつも、友人や、家族が待っている。「ゴードンはどれ!」と、ドーナツを買ってくれる母に、「ひえー」と、真っ赤になって、恥ずかしがらないでもいいのだ、君は、十分頑張ってきた!

その憧れが、彼の人生を助けてきたのだったら、いつか、その夢がかなうといい。次は日本のどこへ、旅しようかね、お父さんがかつて買ってくれた、スーツケースと一緒にね、ごーちゃん。


★コメント欄再開しております。

劇団シアターウィークエンド 2012年2月スタジオ公演「キニサクハナノナ」
妹や、知人が出演しています。名古屋近郊の方、よろしくお願いいたします。



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南アフリカ | コメント(15) | トラックバック(0)
ゴードンは、ずっと大切に、南アのお金をお財布に入れていた。
18歳で南アを出てから、11年になるというのに、どうしても手放せなかったという。

「帰ったら ハンブーガー 買いたいんです。」

でも、彼は9年、南アに帰らなかった。

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20歳の時、どうしてもロンドンの暮らし・・・一人の孤独、毎日夕飯にチョコレートバーを1本だけ、デポジット(保証金のようなもの)が払えないために自分の部屋を借りることもできず、ホステルのドミトリーでかばんを抱えて眠る生活・・・すべてに耐えられなく、一度だけクリスマスに帰ったきりだという。

家族が作ってくれる温かな食事、懐かしい自分のベッド、窓の外に広がる広大な自然、ぴかぴかに晴れた真っ青な空、一瞬、そのまま南アに住んでしまおうかと悩んだらしい。

それでもロンドンに戻り、必死で働いて6年目、ふと気がつくと、彼の手元にはわずかだけれど自由に使えるお金が残っていた。

その時、真っ先に思ったらしい。「日本にいくぞ!」

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★アーケードは夢の王国なんです。

さて、話はいったんずうううううと過去にさかのぼる。

南アでアパルトヘイトが廃止されたとき、彼は10歳だった。
混乱の中、外に出ることを禁じられ、学校ですら休校になったという。
庭でいつも草木や芝の手入れをしていてくれた、優しいガーデナー、家事を手伝ってくれていたスタッフの女性、人種に関係なく、大きな歴史の変わり目に、皆で怯えていたと話す。

そして、それ以来、ゴードンの家族にとって、毎日の暮らしが大きく変わった。

深い問題なので、あくまでも、私の主人とその家族の話をしたいと思うが、南アについては、読売新聞の記事に興味深いものがあったので、リンクを貼っておく。

南ア 貧しき白人

思うように外に出れず、家の中でジグソーパズルを何度も組み立てては、崩し、また同じもので遊んでいた彼の元に、思いがけない友達が現れた。

誕生日プレゼントに、じいちゃんばあちゃんが、ファミコンをプレゼントしてくれたのだ。

スウィッチを入れたゴードン、ぶったまげたと言う。

家の外に自由に出られない彼が、自由にゲームの中では、勇者になり、草原を駆け回り、きのこでパワーアップすれば大きくなれて、きれいなお姫様は「ありがとう!」とささやくのだ。

世の中にこんなすばらしいおもちゃを作る国があるなんてと、言葉を失ったという。

南アで寂しかった少年に、日本のおもちゃがどれだけ夢と希望を与えたか、私の主人は、どれだけでも語ることができる。どれだけでも、どれだけでも。

それ以来、ゴードンにとって、日本は憧れの国になった。

その後たったの7年で、彼は南アを発つ事になる。

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★そういえば、最初の結婚記念日には、鶴を折ってくれたね。


はなしを最初の続きに戻すが、夢にまで見た日本に到着した彼、成田空港でうろうろしていたら、かわいらしくとてもよい香りのする女性が、流暢な英語で、「お客様、どちらに向かわれますか?切符などの購入、お手伝いしましょうか?」と、ニコニコして助けてくれたという。

彼女は、魔法のように一瞬で、英語の地図を片手に、どうやったらホテルにたどり着けるのか、説明をしつつ、切符を買う手伝いまでしてくれたそうだ。

感激しながら、動く歩道、大きなスクリーンで流れる広告、漢字にどきどきしながら、東京のホテルまで何とかたどり着いたゴードン、ホテルに着くなり、小柄な女性が、「お荷物はこびましょうか。」と駆け寄ってきたのに、今度はびっくりした。

「いや、いいんです、こんな荷物、いいんです!!!」

と、必死で、彼女の2倍はありそうな、自分の汚いスーツケースを運んだそうだ。

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★弟も立派なオタクなんです。

道が分からずうろうろすれば、英語が話せないのに、目的地まで案内してくれ、「ごめん、イングリッシュ ノー」と謝ってくれる人たち。

「にほんご はなすしません ごめん」と必死で伝え、絶対に日本語を勉強すると誓った瞬間。

ラーメン屋で何を頼んだらよいか分からず固まると、隣のお客さんが、身振り手振りで、「これは醤油でこっちが塩。」、それでも分からず固まる彼に、店員さん総動員で、「これはポークがのっていて、こっちはすげえ ホット 辛いやつ、餃子はこれ、ライスの大盛り、ビック ライス!」と店を巻き込んでみんな協力。

すすれず苦労する彼に、実演までしてくれたらしい。

駅にはごみひとつ落ちていなくて、ペットボトルも飲んだらきちんとゴミ箱へ、ガムを道にはき捨てたり、電車のシートにくっつけていく人もいなく、トイレはきちんといつも流してあって、電車は信じられないくらい正確で、新幹線の速さには目を回し、乗ってあまりの静かさに唖然とし、みなが携帯をマナーモードにしていることに気づいたときは、テレビの撮影でもあり、騒音を控えているのかと思ったという。

食事をすれば必ずお絞りとお茶、お水が出てきて、テーブルがぴかぴかで、チップを置いていけば、お店の外まで追いかけて「サンキュー でも ノーサンキュー サンキュー サンキュー」とニコニコしていた店員さんたち。

カレー屋では、辛さが分からず、辛すぎるものを頼んだ彼を見て、お店の人は黙って取り替えてくれた。

自動販売機で1万円を入れる場所があるのにもびっくり、全部小銭でスロットマシーンであたったときのように、じゃらじゃらおつりが来ると、手を添えて「よっしゃいつでもこい。」と待ち構えていたゴードン、お札でおつりがきっかり返ってきて、思わず「すげいよーーー!」

そして、ハンバーガーは、懐かしい南アの味と変わらないくらい、美味しかったのだ。

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★桜を見るのが今の夢なんです。


夢心地でロンドンに帰り、それ以来、日本に住みたいという夢に取り付かれてしまった彼、電車とバスで、どこへでも安全に自由に行けて、夜でもゲームアーケードで遊べて、ストレンジャーの自分にも気軽に手を差し伸べてくれる日本に、完全にノックアウトされてしまった。

その後、数年後に、日本人の妻と結婚する。すなわち、私。

そして、思いをずっと封じ込めて、帰る決意ができずに9年経ってしまった故郷の南アに、二人で今年、ようやく帰ったのだ。うるさい日本人妻に、「いい加減に帰れ。」と言われ、複雑な思いで帰った南アの家、そこには、まだ、彼が大切に使っていたファミコンが、きちんと置いてあった。


今、彼は必死で日本語を勉強している。南アのアフリカーンスは落第で、やる気が起こらずとも、日本語は話したいと、毎日漢字ドリルと、「ぐりとぐら」の絵本を抱えて、会社に行くのだ。

TWITTERでも、日本の人のみと、日本語で会話をしているのだが、これがなかなか面白く、わたしは感心しながら、「がははははは」と実は笑わせてもらっている。

「はじみまして。」
「これは らのしー!」
「もかい もの わ 日本わ すばらし です!」
「いちばん すきですわ みそにこみ うどん、うめ!(^-^)/」

いつの間に絵文字まで。やるな、てつお。

ロンドンの我が家に空き巣が入ったとき、彼は、「空き巣でよかった!」

わたしは、「空き巣にはいられるなんてガクガク。」

平和がものすごくありがたい、平和にあこがれる環境で育ってきた彼だから、
日本が「世界で一番大好きなんです。」と言うのだ。

みんな、ゴードンにこうして、温かな帰れる場所を授けてくださって、本当にありがとう。
みんなの、毎日の、普通にしている行いが、日本の平和を保っていて、きれいな街を保っていて、
それを「普通の事」と言ってしまえるみんなに、感謝の気持ちでいっぱい。

としこしかえります、そういってチケットを見ている彼、短期でも日本に住みたくてマンスリーマンションを借りるそうだ。「じゅうしょ なまえ わ なごやし みしま てつお ください。」

二人でみんなに会える日を、心から楽しみに、今日も平和に感謝しつつ、ロンドンで生きている。

てつおの日本語TWITTER。@danshakutetsuo 目印は新幹線売り場の写真。
悪妻は明日から彼を置いてモロッコに行ってしまうので、独身になると嘆いている彼、易しい日本語で話しかけてみると、「はじみまして。」と嬉しそうに、返事があるかもしれない。

最後に、名古屋のこの劇団公演で、作曲した曲が使われます。よろしくお願いします。
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南アからもどりました。

2011/02/28 Mon 05:03

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★もう何年も家族に会っていないんデス。

前回の日記でお話ししたとおり、空き巣に入られ、パソコンも盗まれ、慌ててセコムに工事をお願いするも、何事もスローなイギリス。

南ア出発に間に合わないかと思ったが、何とさすがセコム、出発前々日になんとか工事終了。

ありがたやー

それと比べて、これって何?

(今回アイフォンからのアップで、写真がちぐはぐサイズですみません。)



鍵の修理にきたはずの鍵屋、


なんでガラス割ってるのかな、君たちプロですか?!

えへ、ゴメンじゃ済まないんだよね、泣

しかも



人の家で機械を勝手に充電した挙句、置き忘れてったって、


Ebayで売っていいですか。


そんな訳で、コメントのお返しも訪問もままならず、南アへ逃亡。
ごめんなさい。

パソコン保険で帰ってきたら、必ずやー


取り合えずただいまの報告だけ、モモグラモロンドン帰りました。

そして、ぱちぱち血みどろ男爵みしまてつおの、9年ぶりの里帰り、

まさかの号泣。

次号でお伝えしたいと思う。

教訓:起こる事には理由がある。空き巣に入られたから、警備も強化して南アに発つ事ができた。

旅行中にはいられていたら、すっからかんだったもんね。

今日も感謝。




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さむ。寒いんです。

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また雪が降った。南ア育ちのゴードンは、きゃっきゃと嬉しそうに、最初のころはわざわざ家の前を10往復もして喜んでいたが、今はさすがに嫌になったらしい。

「きょうは でんしゃ うごきません、あしたも でんしゃ うごきません、あさっても でんしゃ うごき・・・・・」などと、ぶつぶつ繰り返しながら、ストレスをためているようである。

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★去年の今頃、それでもフーディ1枚の彼って。

そんな雪の中、前回ゴードンが一生懸命書いたクリスマスカードも、ぼちぼち届いているよう、妹からこんなメールが来た。

「子供たちがね、大うけなのよ!あけました おめでとう ごぜいます。って書いてあったわよ!いつから時代劇の人になったの?今度帰ってきたら、一緒に日本語のお勉強するって、はりきってるけれど。」

うちの姪、5歳。

みしま ちみどろ てつお ゴードン、29歳。

はずかしい。ぽっ。

本人は完璧にかけたと思っているので、中々言い出しにくいが、そういえば、昨日はゴードンからこんなメールが来た。

「あまいもの たべました わたし こころ しんじゃった。」

要するに、シュガーを取りすぎて、心臓に負担がかかっていると心配しているのだろう。

さらには、今しがた会社に出て行ったばかりだというのに、こんなメール。

「Shigotso tsukimashita,demo mosugu ie ni kaerimasu!!!!!!!!!!!,」

はやっ。まだ朝の9時半なのに、もう帰り支度をしているのか?!

「愛してる 永遠。」こう書いてくれるのは嬉しいのだが、そのあとに、

「Tetsuo Mishima sama より」

って書くの、やめてくれませんか?

極めつけは、

「gakkou tsukimashita.」

学校かい!!会社でしょう。笑

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★我が家の玄関、今年もリースを飾る季節に。

そんなてつおくんの最近のお気に入りの漢字は、「麦」だそうである。

必死で漢字を練習しているらしいが、なぜか練習ノートを見たところ、麦にだけ読み仮名が。

なんで麦。

どうして麦。

一生理解不可能なうちのだんな様、その名はゴードン みしま ちみどろ てつお ぱちぱち様。

段々覚えるのが辛くなってきた。

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★すいません、一人で蟹こっそり食べました。しかも硬すぎてハンマーでたたきました。

さて、2月に南アに帰る私たち、せっかくなので何かほしいものはないかと、義理の妹に聞いてみた。

彼女は乗馬をたしなみ、私よりずっと育った、大学生である。

ゴードンが南アを離れたその時、まだ彼女は、お庭で動物のまねをしていたという。

そんな彼女も綺麗に美しくなって、どうせなら、香水や化粧品がよいだろうと、色々提案したのだが、

もじもじっと、「わたし、他にほしいものがあるの。」

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★妹と彼女の馬さん。馬飼ってるって、どういうこと?!

欲しい物をいってくれたら話は早い。

何?JO MALOEのコロン?資生堂のネイル?

「・・・・違う、こ、これ!!!」

そういって、彼女がオンラインで送ってきたリクエスト。

「SAIYUKI カレンダー(日本のアニメ)」
「ブリーチの何か。(私の好きなキャラはだれそれ)」

だめだ、わからん。

ネットで検索した結果、衝撃の事実。美少年ぞろいの日本のコミック、アニメではないか。

・・・・兄弟そろって、オタクだったとは。

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★いや、顔も似てるが、趣味も一緒だったとはね。

何しろ、てつおは、「にほんに かえったら ふね で ロンドンもどります。そして いっぱい おもちゃ かいます。Mちゃん てつだいます。」と宣言しているのだ。本人まで船に乗らないでいいと説得したら、

「いやダ!!!!いっしょ かえります!!!」

と煩い。

先日も、「おもちゃ かいました。」と言っていたので、ジグソーパズルか何か、クリスマスに彼が遊べるものだろうと思っていたら、

すごい大きな箱、横には、某フィギュアショップのロゴが。

あのね、おもちゃって、日本語で、もっとかわいい意味だと思うけれど。

出てきたのは、どっかのゲームのキャラクターなのだが、手にはメデューサの首を持って、血が滴っているのだ。

もっすごいリアルで、思わず、のけぞってしまった。

と言うことで、兄弟そろって、日本が大好きだということは判明したが、さて、それらのグッズを集めるために、またもや日本の友人に泣きついている私である。

「たすけてくれ。」

最初に話したのは、ロンドンにくる予定がある、私の友人の男性、30代。

「これとこれ、買ってきて。」

「・・・おまえ、相変わらず、いい度胸だな、俺にどうやってこれらを買えっていうんだ。却下。」

ふえーん、ひとでなし!!

仕方が無いので、自分でアマゾンで探し、いつもの友人、S様に送りつける。
すみません、S様、二度としません。

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★友人とはありがたいものである。

クリスマスが近くなり、心が温かくなるこのとき、自分がどれだけ周りの人に恵まれているか、改めて思い知る機会が多い。海の向こうで自分の事を考えてくれる友人たち、家族、ロンドンで一緒に酔っ払い笑い転げてくれる仲間たち。

私は、上辺だけの付き合いが苦手だ。見栄っ張りも嫌いだし、自我が強い人ともうまく話せない。それでも、そんな頑固な私とずっと付き合ってくれている彼らは、私の最高の、宝物だと思う。

厳しく、寒い冬だから、届くカードに、食料に、メールに、彼らの笑顔の温かさが、余計に身にしみるのだ。



最後に、風邪を引いたゴードンに葛根湯を飲ませてみた。

水で一気にあおった彼、

「○×れsにえld。で!」(ごめんなさい、ヒアリング不可能。)

どうも、苦い薬が飲めないらしい。そういえば、目薬も怖がる。目薬を使用としても、
両目を必死で閉じているので、まったく目の中に入らないのだ。

来年こそは、目薬くらいね、克服しようね、ゴードン。

寒い冬だけれど、私の周りはとても暖かい。みんないつもありがとうね。





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