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ゴードンは、ずっと大切に、南アのお金をお財布に入れていた。
18歳で南アを出てから、11年になるというのに、どうしても手放せなかったという。

「帰ったら ハンブーガー 買いたいんです。」

でも、彼は9年、南アに帰らなかった。

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20歳の時、どうしてもロンドンの暮らし・・・一人の孤独、毎日夕飯にチョコレートバーを1本だけ、デポジット(保証金のようなもの)が払えないために自分の部屋を借りることもできず、ホステルのドミトリーでかばんを抱えて眠る生活・・・すべてに耐えられなく、一度だけクリスマスに帰ったきりだという。

家族が作ってくれる温かな食事、懐かしい自分のベッド、窓の外に広がる広大な自然、ぴかぴかに晴れた真っ青な空、一瞬、そのまま南アに住んでしまおうかと悩んだらしい。

それでもロンドンに戻り、必死で働いて6年目、ふと気がつくと、彼の手元にはわずかだけれど自由に使えるお金が残っていた。

その時、真っ先に思ったらしい。「日本にいくぞ!」

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★アーケードは夢の王国なんです。

さて、話はいったんずうううううと過去にさかのぼる。

南アでアパルトヘイトが廃止されたとき、彼は10歳だった。
混乱の中、外に出ることを禁じられ、学校ですら休校になったという。
庭でいつも草木や芝の手入れをしていてくれた、優しいガーデナー、家事を手伝ってくれていたスタッフの女性、人種に関係なく、大きな歴史の変わり目に、皆で怯えていたと話す。

そして、それ以来、ゴードンの家族にとって、毎日の暮らしが大きく変わった。

深い問題なので、あくまでも、私の主人とその家族の話をしたいと思うが、南アについては、読売新聞の記事に興味深いものがあったので、リンクを貼っておく。

南ア 貧しき白人

思うように外に出れず、家の中でジグソーパズルを何度も組み立てては、崩し、また同じもので遊んでいた彼の元に、思いがけない友達が現れた。

誕生日プレゼントに、じいちゃんばあちゃんが、ファミコンをプレゼントしてくれたのだ。

スウィッチを入れたゴードン、ぶったまげたと言う。

家の外に自由に出られない彼が、自由にゲームの中では、勇者になり、草原を駆け回り、きのこでパワーアップすれば大きくなれて、きれいなお姫様は「ありがとう!」とささやくのだ。

世の中にこんなすばらしいおもちゃを作る国があるなんてと、言葉を失ったという。

南アで寂しかった少年に、日本のおもちゃがどれだけ夢と希望を与えたか、私の主人は、どれだけでも語ることができる。どれだけでも、どれだけでも。

それ以来、ゴードンにとって、日本は憧れの国になった。

その後たったの7年で、彼は南アを発つ事になる。

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★そういえば、最初の結婚記念日には、鶴を折ってくれたね。


はなしを最初の続きに戻すが、夢にまで見た日本に到着した彼、成田空港でうろうろしていたら、かわいらしくとてもよい香りのする女性が、流暢な英語で、「お客様、どちらに向かわれますか?切符などの購入、お手伝いしましょうか?」と、ニコニコして助けてくれたという。

彼女は、魔法のように一瞬で、英語の地図を片手に、どうやったらホテルにたどり着けるのか、説明をしつつ、切符を買う手伝いまでしてくれたそうだ。

感激しながら、動く歩道、大きなスクリーンで流れる広告、漢字にどきどきしながら、東京のホテルまで何とかたどり着いたゴードン、ホテルに着くなり、小柄な女性が、「お荷物はこびましょうか。」と駆け寄ってきたのに、今度はびっくりした。

「いや、いいんです、こんな荷物、いいんです!!!」

と、必死で、彼女の2倍はありそうな、自分の汚いスーツケースを運んだそうだ。

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★弟も立派なオタクなんです。

道が分からずうろうろすれば、英語が話せないのに、目的地まで案内してくれ、「ごめん、イングリッシュ ノー」と謝ってくれる人たち。

「にほんご はなすしません ごめん」と必死で伝え、絶対に日本語を勉強すると誓った瞬間。

ラーメン屋で何を頼んだらよいか分からず固まると、隣のお客さんが、身振り手振りで、「これは醤油でこっちが塩。」、それでも分からず固まる彼に、店員さん総動員で、「これはポークがのっていて、こっちはすげえ ホット 辛いやつ、餃子はこれ、ライスの大盛り、ビック ライス!」と店を巻き込んでみんな協力。

すすれず苦労する彼に、実演までしてくれたらしい。

駅にはごみひとつ落ちていなくて、ペットボトルも飲んだらきちんとゴミ箱へ、ガムを道にはき捨てたり、電車のシートにくっつけていく人もいなく、トイレはきちんといつも流してあって、電車は信じられないくらい正確で、新幹線の速さには目を回し、乗ってあまりの静かさに唖然とし、みなが携帯をマナーモードにしていることに気づいたときは、テレビの撮影でもあり、騒音を控えているのかと思ったという。

食事をすれば必ずお絞りとお茶、お水が出てきて、テーブルがぴかぴかで、チップを置いていけば、お店の外まで追いかけて「サンキュー でも ノーサンキュー サンキュー サンキュー」とニコニコしていた店員さんたち。

カレー屋では、辛さが分からず、辛すぎるものを頼んだ彼を見て、お店の人は黙って取り替えてくれた。

自動販売機で1万円を入れる場所があるのにもびっくり、全部小銭でスロットマシーンであたったときのように、じゃらじゃらおつりが来ると、手を添えて「よっしゃいつでもこい。」と待ち構えていたゴードン、お札でおつりがきっかり返ってきて、思わず「すげいよーーー!」

そして、ハンバーガーは、懐かしい南アの味と変わらないくらい、美味しかったのだ。

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★桜を見るのが今の夢なんです。


夢心地でロンドンに帰り、それ以来、日本に住みたいという夢に取り付かれてしまった彼、電車とバスで、どこへでも安全に自由に行けて、夜でもゲームアーケードで遊べて、ストレンジャーの自分にも気軽に手を差し伸べてくれる日本に、完全にノックアウトされてしまった。

その後、数年後に、日本人の妻と結婚する。すなわち、私。

そして、思いをずっと封じ込めて、帰る決意ができずに9年経ってしまった故郷の南アに、二人で今年、ようやく帰ったのだ。うるさい日本人妻に、「いい加減に帰れ。」と言われ、複雑な思いで帰った南アの家、そこには、まだ、彼が大切に使っていたファミコンが、きちんと置いてあった。


今、彼は必死で日本語を勉強している。南アのアフリカーンスは落第で、やる気が起こらずとも、日本語は話したいと、毎日漢字ドリルと、「ぐりとぐら」の絵本を抱えて、会社に行くのだ。

TWITTERでも、日本の人のみと、日本語で会話をしているのだが、これがなかなか面白く、わたしは感心しながら、「がははははは」と実は笑わせてもらっている。

「はじみまして。」
「これは らのしー!」
「もかい もの わ 日本わ すばらし です!」
「いちばん すきですわ みそにこみ うどん、うめ!(^-^)/」

いつの間に絵文字まで。やるな、てつお。

ロンドンの我が家に空き巣が入ったとき、彼は、「空き巣でよかった!」

わたしは、「空き巣にはいられるなんてガクガク。」

平和がものすごくありがたい、平和にあこがれる環境で育ってきた彼だから、
日本が「世界で一番大好きなんです。」と言うのだ。

みんな、ゴードンにこうして、温かな帰れる場所を授けてくださって、本当にありがとう。
みんなの、毎日の、普通にしている行いが、日本の平和を保っていて、きれいな街を保っていて、
それを「普通の事」と言ってしまえるみんなに、感謝の気持ちでいっぱい。

としこしかえります、そういってチケットを見ている彼、短期でも日本に住みたくてマンスリーマンションを借りるそうだ。「じゅうしょ なまえ わ なごやし みしま てつお ください。」

二人でみんなに会える日を、心から楽しみに、今日も平和に感謝しつつ、ロンドンで生きている。

てつおの日本語TWITTER。@danshakutetsuo 目印は新幹線売り場の写真。
悪妻は明日から彼を置いてモロッコに行ってしまうので、独身になると嘆いている彼、易しい日本語で話しかけてみると、「はじみまして。」と嬉しそうに、返事があるかもしれない。

最後に、名古屋のこの劇団公演で、作曲した曲が使われます。よろしくお願いします。
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南アフリカ | コメント(38) | トラックバック(0)
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