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はじめに、今回のブログはしつこく長いです。とても悲しくて大変なことが起きました。大事に書きたいのでずっと迷っていました。長くて読みづらいかと思いますが、私たちと共有してもらえたら嬉しいです。

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☆懐かしい南アのおうちです。

夫が南アではじめて「おぎゃあ」とこの世に生を受けたとき、みんなが笑顔になった。

「私はまだ30代だからね、おばあちゃんになるなんて嫌よおおお!!」と、初めはものすごく「ぶすー」していたリン(ゴードンのお母さんの義母。)ですら、彼が生まれた瞬間に「どたどたどた」と真っ先に病院に駆けつけ、

「信じられないわ、なんてゴージャスなの!!!」と、でれーとしていたという。

そしてゴードンはおじいちゃんである「グランパ スチュワート」から、その大切な彼の名前をミドルネームとしてもらった。ゴードンのお父さんヨハネスは、「ヨハネスがいい!」と必死であったが、母であるミシェルをはじめ親戚含めたみんなが「いやだ、ハンスなんて絶対に変。」と却下して猛反対した。妻にも反対されたハンスは今でもそれを根に持っている。

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☆ハンス、ごめんね。

グラム家の初めてのかわいいかわいい初孫、それが夫だったのである。

彼の両親はとても厳しかった。欲しい物があるといえば「働いて買いなさい!」
一生懸命庭師のお手伝いをしたり、ハンスの銃弾をつめたり作るのを手伝ったりして大好きなお菓子は買っていた。

それでもものすごく欲しい物ができてしまったのだ。それがファミコン。

高圧電流の通る柵に囲まれたたった9個しか家のない村で育った彼が、ファミコンを友人の家で見たその衝撃はすごかったと思う。

世界中を旅できて、ダンジョンで冒険できて、夢のようなことがあの小さなボックスさえあればできるんだ!

「グランパ、お願いです、お金を働いて絶対に返すから買ってください!」ゴードンは泣いた。

そしてクリスマスを迎えるころでもあったので、ファーザークリスマスに手紙も書いた。ちゃんと玄関にビスケットも置いて、念のため枕元や暖炉にも置いたが、一個は弟にこっそり食べられてしまった。

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☆この日だけはファーザーが困るといけないので警報システムをきってくれと泣いたんだよね。

そしてクリスマスの日、

「グランパ!ファーザークリスマスが来た!ビスケットも食べてくれたよ!」

ほっぺを真っ赤にしながら飛びついてグランパに抱きつくゴードン、クリスマスツリーの下にはファミコンと、興奮してあわてたあまりびりびりになってしまったラッピングの包み紙があった。

「そうかそうか、それはよかったね。おじいちゃんはうっかり仕事が忙しくてプレゼントを買えなかったんだ。おばあちゃんはたっぷり用意したらしいね、悪かったね、これでゲームソフトでも買ってくれないかな、ソーリー ゴードン。」

誰もファーザーがファミコンをプレゼントしてくれるなんて知らなかったから、ゴードンはゲームソフトがないに決まっているのだ。おじいちゃんは本当に思慮深く優しい人だった。

時は流れて、南アの政治情勢で白人が仕事を得るのがだんだんと難しくなっていった。ゴードンはファミコンに出会って以来パソコンやゲームの世界で働く以外に道は考えられないと思っていたので、とうとうある日、17歳の時に南アを飛び出した。

初めてのフライト、知らない土地、どんなに怖かっただろう。

大好きなキリンさん、雄大な自然にもお別れをしたのだ。

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☆さよならアフリカ。

オランダではパソコンの修理を手伝い、部品を売った。イギリスにきてからはゲームテスターとして必死に働いた。それしかできることがなかった。ドミトリー部屋でうずくまりながら、南アに帰りたいとめそめそしながらもチケットを買うお金がなかったのだ。

それでも彼は必死に働いた。ファーストエンジニアになり、セカンドエンジニアになり、気がついたら少しだけのお金が手元にあった。もうこのまま南アに帰ろうか、ふと思った彼だったが、

「いや、ちがい!!!日本にいくぞ!」


そうなのだ。彼の憧れの国、ファミコンの生まれた日本。

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世界中のどこよりもいきたかった。夢中で写真を撮った。自動販売機、秋葉原のメイドさん、新幹線、チキンカレー、ゲームセンター、電化製品のお店、池に泳ぐ鯉に亀、にこにこの可愛いおじいさんおばあさんたち。

「すげいよー!」

彼はすっかり日本に惹かれてしまい、その瞬間から「もうぜったいにぜったいにイギリスでがんばる、お金をためて、夢の日本に住むんだ!」と決めた。南アに帰ることはこのときにすっかり諦めた。


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☆子供みたいです、今でも子供だけど。

「人間は夢があると強くなれる」夫は今でもそういうけれど、まさに日本が夢をくれた。

夢中で働いて働いて数年、ファミコンとの出会いのおかげでITのサードエンジニアになり、気がつけば日本人の妻に出会い、酒癖悪く暴れる妻に手を焼きながらも二人で暮らして5年目、南アをバッグ一つで飛び出してから13年もたっていた。いったい何度日本を訪れたことだろう。

なんせ9年も南アに帰っていなかった彼、どこにいくでも車に銃を積んで出かけなければいけない彼の遠いふるさとに比べて、公園のベンチで肉まんを食べながら子供達が遊ぶのを見られる日本は彼にとって「心が休まる大事な、帰れる場所、居場所がある故郷、大好きな人たちが待っていてくれる国」に変わっていったのだ。

そして2012年の年末、私たちは又々日本にびゅんっと飛んだ。ヘルシンキはマイナス30度で空港内でもなんだか寒かったが、夫は嬉しさのあまり「ビール飲む!ビールのみましょう、酔っ払って寝たらさっさと時間が過ぎますから、寝たら日本ですよ!」と、やたらに飲んだくれデレデレになることを切望していた。

だが、「それならワイン1杯付き合うわ」と私が頼んだワインに「15ユーロです」とさらっと言われたので、「わ、わいんが一杯2000円以上だって、かんのこが2本買えますよ、もちん、日本まで待ちましょう、あ、飛行機に早く乗ればいい。そしたらタダ。やったー。」

と、さすがオランダ家系ならではのけち精神を発揮して、「空港内では私は空気です。」と、無心になってひたすら待つことを決めたらしい。「しずかーにしますから。話しかけないでね!」息をしているのか不安になるくらい、仙人のように動かずにいるのには参った。

今回はセントレア空港に飛んだので、すぐに家族に会える、そういうわくわく感も嬉しさもあった。飛行機に乗った夫は、

「まだヘルシンキからちっともとおくないです。うごくしません!」

「まだロシアのうえ、歩いたほうが速いです!」

「あああ、なんですごく遠いです、もう悲しすぎます。」

「じぇったいにうごくしません、日本までまだ15センチくらいある!(画面を指差して)おなかすいたです!!」

そうぼやきながら、キャビンアテンダントさんが勧めてくれるお料理にも一切手をつけず、

「やっぱりお酒やめます。日本についたらすぐにしょちゅう飲みますから、待ちます!」

とあほなこというので、それならばと夫のワインも奪い取り、私はがーがー寝てしまった。だが、数時間後にふと目が覚めて夫を見ると、「じぇんじぇん遅いです。歩いたほうが速いです、うきー!」と、まったく同じことを言っているのだ。

かかわるのが面倒なので、私はぐっすりとまさに次の朝食がサーブされるまで寝てしまった。

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☆だって、日本のご飯おいしですよ。

「もちん、おきて、おきてくだせえ!」

そう夫にガシガシ揺り動かされていやいやーに起きると、サービスされる朝食を「いやだ!」と相変わらず拒否しながら、夫が飛行スクリーンを指差し大騒ぎしていた。

「みえた、名古屋が見えたがん!!」

ものすごーい端っこの画面に、日本が見えた。

涙ぐむ夫。

日本人のキャビンアテンダントさんがタイミング良く「tea?」と聞いてくれたのだが、夫は感激極まっていたので、

「もすぐにほんですから、かんのこまちます!のどかわくありません!けっこうです!」

と元気に答えてしまい私を赤面させつつ、

「もすぐにほんだがん!はやくはやく!」

と騒がしいので、

「ねえ、もしかして、これずーーーっとみて7時間過ごしたとか言わないでね?」

「はい、みてました。」

私は本当に、古い表現だがそこでずっこけた。それ以外の表現が見つからないのだから仕方がない。

「でもビータであそぶもしました。忙しかったです!」

「あほか!」

そしてまた、前回と同じく何も食べていないのでふらふらな夫、「うどん、うどん。」と涙ぐんでブツブツ唱える姿が怖すぎる。

あかん、また負ける

負けてしまう。

「ねえ、またおうどん食べるんですか?一番におうどん食べたいんですか?」

「はい、ねぎ塩鳥うどんおねがいします。」

「ごーちゃん、中部国際空港にはねえ、おうどんはないよ!(嘘)だって名古屋はきしめんだもん。味噌煮込みだもん。」

「それは案外だがん。。。どうする。。」

「エビフライ食べたら?大きなえびがあるよ。かりっとフライでおいしいのよ。」

「でもおうどんわ!」

「いつでも後で食べられるよ。えびふりゃあとビール、ほかほかのご飯おいしいよおおお。」

「うん、えびふりーたべる。それにしる。わたしえびふりーする。」

(やった。勝ち)

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☆その後もあの手この手で勝ちました。


懐かしい愛知に飛行機は到着し、私もゴードンもやっぱり涙を抑えられず、またもやわあわあ泣きながら、パスポートコントロールへ。私は日本国籍なのでパスポートを見ると「おかえりなさい」といつも言ってもらえる。その言葉にまた涙が出る。しかも窓口がほぼ全部きちんと機能していて、ものすごく早くみんなが通り過ぎていく。

う、美しい、すばらしい!

夫は外国人なので、彼のは少し時間がかかった。心配なので出口で首を長く「にゅー」と見ていると、夫の番が来た。

「こにちわ!げんきですか!」

入国審査官にものすごい大声で、まるでアントニオ猪木のように挨拶するものだから私はまたもやひっくり返った。緊張しているのと嬉しいのはわかるけれど、声がでかい、夫よ。

「わたしのおくさん にほんじんです。かぞくにあいにきました。あそこでまってます。」

入国審査官の方のお顔は見えなかったが、なにやら朗らかに話をしているようでホッとした。

うきうきっとした夫が出てきて「やた、日本語じょうずですねってほめてもらいました、わたしおくさんちがい、家内でしたすみませんといいました。どうして日本来ましたか聞かれたから、かぞくにあいに、うどんも大好きですって言いました。そしたらじょうずですねって、やた!」

「おうちにかえりました、ただいま日本!!さあ、いきますいお、えびふりーと家族とおともだちの時間です!」

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☆そう、かぞく、友人、1年ぶりのエビフリーの時間です!

あまりに長くなるので個々のエピソードはまた追ってご紹介したいと思うが、彼は本当に温かくみなに迎えてもらい、甘やかしてもらい、幸せなときをすごした。

クリスマスには寒空なのに、「ゴードンがブライが好きだから。」とブライをしてくれた家族、やきそば番長になってくれた友人、「ハッピータンは幸せの魔法の粉でハイになれるのよ!」とお土産をくれた友達、

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☆キャサリン妃みたいな人もいましたね。ブライのクリスマスは13年ぶりです。


かわいい姪のクリスマス会では「写真とってください!」、「はろー」といろいろな人に声をかけてもらい、

「南ア人だからわたしめずらしです。みんなありがとう!」とテレながらも大喜び。

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ロンドン時代の懐かしい友人にもあって、彼の町を案内してもらい、

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☆生きていました。びっくりしました。

嬉しさのあまり酔っ払って、

「日本が大好きなんです!だれかいませんかー!わたしわうれしんですー、はい、もうイギリスかえりませんよ。」

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☆すごい迷惑な人だったかしら。


大好きな大好きなばあちゃんじいちゃんにも会って、いっぱいのお友達にもこれから会えて、もう最高に幸せだったのだ。

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☆おばさんのマッサージはすげいなー。


そんな幸せな中、お正月を迎え、厳かでそれでも喜びにあふれた新年を満喫していた夫の下に電話が入った。

南アのおばあちゃんからであった。呼び出し人におばあちゃんの名前を確認した夫は、滅多に電話などしないおばあちゃんからの電話に何かを感じたのであろう、「もちん、おばあさんから、リンからです。」そう静かに私に告げた。

実は夫のおじいちゃんはここ数年ずっと癌と戦っていた。特にその数ヶ月前くらいからはとてもとても悪かった。
夫はお見舞いに行きたいとずっと行っていたが、二人ともパスポートをイギリスの移民局に預けてあったので、機会を失っていた。

「そうですか。」

私はそれしかいえなかった。

夫は「ハロー、グランマ、どうしてる?」

そう普通に電話を取ったが、「うん、そうか、うん、わかった。」そういいながらその顔はどんどん真っ白になっていった。

「おばあちゃん、ソーリー、どうか体に気をつけて、本当にごめんね。」

消え入るような声でそう電話を終えると、電話を手に持ったまましばらく動かずに窓の外を見ているようだった。

私は夫の様子がとても普通ではないので、何があったかを悟ってはいたけれど、とても声をかけれずに二人でどのくらい無言でいただろうか、ふと夫を見ると窓の外を見て泣いていた。

「グランパが 死んだ。」

とてもとても小さな声で、「he passed away」

そして、「南アはとても、とても遠いね。」

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彼が生まれた日から続けて弟、妹と飾られた3人の記念のプレートを見上げながら、南アを訪れた私に「私のゴージャスな孫たち、私の宝物だ。ゴードンが君のような優しい日本のお嬢さんと結婚してくれて本当に嬉しい、ありがとう。」といってくれたあの日の、おじいちゃんの誇らしげな顔を私も今でも忘れられない。

南アを訪れたのはたったの一度で、それも数回しかお会いできなかったけれど、とても静かな人でいつもニコニコしていた。

くるっと窓に背を向けベッドにうつぶせになったゴードンに私は言った。

「偉大な人だったね。今は平穏の中でようやく休まれていると思うよ。」

夫はじーとしていたが、「うん、そうなんだ。やっぱり俺のグランパはなんでもわかっているんだ、あの日ファミコンをプレゼントしてくれたときから、ずっと何でも分かってるんだ。」

むくっと起き上がると、

「今こうして日本にいる。明日もあさっても日本にいて、大好きな家族に会える、友達に会える。一人じゃないって心から思える一年に一度の時なんだ。365日ある中で、グランパは俺が大好きな日本にいるこの時に逝った。彼は何でもわかっているんだ。」

そういうと、子供のように泣き出した。

「南アに帰ってあげれなかった。」

「大丈夫よ。」

「一人で逝かせてしまった。」

「リンもノエルもいたわ、ダリルもいた。」

「死ぬってどういうことなのか、グランパは寂しくないのか。」

「人はあなたが忘れない限り、あなたの心にずっと、あなたとともに生きるから。今は難しいかもしれないけれど、おじいちゃんは決してごーちゃんが苦しんだり自分を責めるのを望んでいない、ありがとうおじいちゃんって、私は元気で日本でニコニコです、愛している人に愛されて囲まれていますって、心配しないでくださいって、祈って教えてあげてください。それがあなたがおじいちゃんにして差し上げられる一番のことだから。」

夫はしばらくわんわん泣いていたが、私はずっとその間背中をさすっていた。それしかできなかった。

言葉で言うのは簡単でも、受け入れていくのは本当に難しいのだ、分かっているから余計に辛かった。

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☆ひとりじゃないですよ。


夫は本当にすっかり落ち込んでいたが、それでもその後少しずつ家族や友人のさりげない優しさに笑顔を取り戻していった。誰も「私の胸に飛び込んで泣いていいのよ!」なんて言わなかったけれど、いつもそばに誰かがいてくれて、彼は本当に救われたと思う。

一緒に姪や妹とスコーンを作ったり、憧れだった白川郷にいったり、あっという間に時間は過ぎていったけれど、夫は本当に今回も日本に助けてもらった。

帰りのフライトの日が近づくにつれてまた元気はなくなっていたけれど、それでもきっとみんなとの思い出を胸に、またイギリスでがんばるんだろうと心配はしていなかった。

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☆その後も旅を続けましたね。

私のほうがイギリスに帰る日が遅かったため、しばらく夫はロンドンに独りでいたのだが、ある日朝起きたら夫からメールが来ていた。


「毎日グランパのことを考えて、ありがとうって思う。もちんがいったことは、本当だと思う。彼との思い出をめぐることはたまに辛いけれど、それでも温かく幸せなことだと思う。ただひとつ後悔していることはね、


約束を果たせなかった。彼にファミコンのお金を払えなかったよ。」


あの日のファーザークリスマスが誰だったのか、大人になってそれに気づいても、愛する人にありがとうを言えるチャンスはもうないのかもしれないのだ。人生は短く、文句や愚痴を言っている間にどんどん流れていく。

だから、私もゴードンとここイギリスで、大事な人を思いながら、愛しながら、余計なことにとらわれずに温かく生きていきたいと思う。ものすごく元気じゃなくても、落ち込む日があっても、人を愛して思う心があれば自分はとても温かくなれるのだ。

今ゴードンは桜をみるのを楽しみに、必死でまたお金をためている。一生懸命働いて生き生きして、彼が日本への愛を持って温かな気持ちですごせていることに、それを与えてくれる日本のみんなに本当に感謝している。

金銭的にはとても厳しいので、私がいけなかったとしても、彼には桜を見せてあげたい。
そのときは皆さん、迷子の男爵がいたら、どうぞ手を差し伸べてくださいね、よろしくお願いします。

私たちはロンドンで今日も元気です。皆さんもお元気で。

南アのおじいちゃん、どうもありがとう、さようなら、安らかに眠ってください。
ゴードンは私と家族と友達と、にこにこですから、心配しないでください。

追伸:夫は頑固者で自分が日本と同じく南アを愛しているのを認めようとしません。帰りたいのに帰らない、意固地になっているんです。その彼が今日、南アに帰ろうかと言い出しました。まだ未定だけれど夏にはおじいちゃんのお墓にご挨拶とおまいりに行くかと思います。

これもおじいちゃんがくれた温かいプレゼントのひとつで、お導きだと思っています。ありがとう、おじいちゃん。



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