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★あったかかったですよ。

一年ぶりに念願の日本への一時帰国を果たした私たち、楽しかった日はあっという間に過ぎて、

「嫌ダいやだいやだああああ!」

と、又もや中部国際空港の地べたにへばりついて暴れる夫を、

「帰らないとEMSで送ったおもちゃ(ロロナさんフィギュアおふたりさま)また玄関先に放置されるよ?雨でロロナさん濡れてかわいそう・・・」

「いかんがん!それもいやだぞう!」

そう無理やり見送り、


★嫌だ嫌だまだ日本にいたいんだぞう。寝たふりするですよ。

その後はようやくまったり自分の久々の日本独身気分を味わえるかとウキっとすれば、

「もちんはいじわる」

「わたしどこしん(独身)です、日本にかえりたいんです。」

「うどんとにほんのごはんしか食べるしません!ぜんぶたべますよ、いいですか!」

「せんたくのせんざいがありません、もちんわ いじわるです、いまから すーぱに かいにいきます、雪 ふてます、わたしのこころしんじゃった。」

などと毎朝のように悲しみのメッセージが届くので、



「今おかんと味噌煮込みうどん食べてるから待ってちょ?」

「いやだ!しどい!いじわる、もちんわ鬼です!わたしも食べたいんです、みんなに会いたいんです、もちんきらいだぞう!!」

「きのうわパスタつくりました、じぇんじぇんおいしくないでした、なみだがでました。」

「床にひっくり返ってないてます、かなしすぎます。」



★義妹がくれたんです、うれしです。


と、それは毎日さみしそうだった夫の相手をLINEでしているうちに、あっという間に私も気がつけばロンドンに舞い戻っていたのであるが、空港に迎えにきた夫の一言目が

「もううどんたべた!もちんわおそすぎます!」


★いや、お米もすっかり食べてくれてありがとう。

どっちが意地悪じゃあ!!


私は、それから約18時間も前、もう飛行機が飛び立つその前から悲しくて悲しくて、わんわん泣いてしまったのだ。大好きな故郷から飛行機の機体が離れた瞬間などは本当に悲しくて気を失うかと思うほどだった。

私の大好きな家族、友達、私の30年間の歴史と思い出、慣れ親しんだ景色に大好きな大好きなあったかい日本のみんな、

「ご覧ください、当機の右手に今日は富士山が美しくはっきりとご覧いただけます。」

そのアナウンスにもうたまらずにわーわー泣きながら相変わらず酒をかっくらい、自分をごまかして、空港以前でしいれたおにぎり(もちろん明太子と梅干しとお赤飯)を大事に食べては泣き、

「would you like a chicken with rice?or a fish meal?」

「いやだ、機内食はいりません!!」

(あ、でもお蕎麦が見えた)

「いやだ、やっぱり下さい!!蕎麦プリーズ。」

「おそばって、ヌードルはどっちにもついてるわよ?」

「はい、蕎麦なら何でもいいです。」


そうちぐはぐな会話をしながら、散々エモーショナルな気分で帰っていたのだ。


★柚子胡椒にご飯がさいこうなんです。

それなのに、パスタもソースもベイクドビーンズもあんなにいっぱい用意しておいたのに、ほとんど手をつけずに、

「やだ、おいしくない、つまん!(つまらない)」

うどん食べちゃったが一言目だなんて!!

「うわーーん!!」

公共の場で感情をあらわにすることがマナー違反だとは分かっていても、止まらなかった。


★だってこっちのほうが好きなんです。

それにつられて夫も「わたしもなきたいです、日本に帰りたいぞう!もちんだけじゃありません!」

「もちはずるいぞう、にほんにながくいました、わたしもそれほしんです。」


「わたしも 日本以外にお家ありませんよ、南アはいえ もうありません、日本が私のお家です!」

二人でヒースローでしくしく。

そんな私たちをみんなもジロジロ。


★おいしすぎてたいへんなんです。全部自分で買いました。もちん怒った。

「あれ、もちん、なにこれ。」

ふと夫が素っ頓狂な声をあげた。

「もちん500円って書いてある、500円もちん、なんじゃこれだぞう。」

はっと自分のカットソーの後ろをさわさわしたら、

い、いやだあああ!


「セール品 500円」のタグ。


取り忘れて日本から連れてきちまったあ!

「もちん500円です、500しゃくえんのひと!あははは、おもしろいがん!」

「うるさい!!」

ジロジロ見られてたのはこのせいだったのか、っていうかセキュリティの人教えてください。

機内でだらだらにどうせ楽ならいいやと500円のヒートテックを買ったのだが、「わたしは500円です」と言いながら18時間以上も移動してしまった。

せめて1000円の女でありたかったが、初めて受けた荷物検査で隠していたムカゴやミョウガを死守するため、

「あ!その袋は私の2週間洗っていないパンツの山です!」と嘘をついた私、係員の手がピタッと止まった。

「そ、そう。」

スルーされたため死守成功、だが500円で女すら捨てた私。

「へんなのついてる!とりましぇん!おもろです!!」

泣きながら笑い転げるおかしな夫にぷんぷん怒りながら、それでも何とか家にたどり着きラップトップを使おうとすると、



あーーーー


壊れてる!!!


いやだぞう!!!


「もちん500しゃくえんで買いましょうか。ラップトップも500円?」

「うるさい!!!!!」

とにかくなんだかしょっぱなから落ち込み、ますますホームシック激しい1ヶ月半ぶりのイギリス生活なのだが、それでもみんなからもらった優しさ、愛情、元気で私も何とか生きている。

4月には桜を見に帰ると毎日のようにつぶやく夫もここにいる。

いっぱいの思いではとてもiPhoneからではうまく更新できず、ブログの更新も迷ったが、どうしてもTwitterやブログにコメントくださった方々、家族、友人、一緒に私たちの一時帰国を見守ってくださった方々にお礼が言いたかった。



私たち元気です、今日もロンドンで日本を思いつつ元気です。

外は寒く雪が降ったり雨が降ったり。でも私たちの心はみなさんのおかげで暖かいです。

みんな本当にありがとう、またお会いできるその日までお元気で。





ラップトップ来たらブログガンガン更新するぞお!!

愛を込めて、
てつお&もちん

追伸:コメントのお返事がすごく遅れてるんです、ラップトップがないと上手くコメントのお返しにたどり着けなくてごめんなさい。本当にいつも嬉しくみなさんのお声拝見してます。



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温泉、モツ、苦手でした。

2012/03/12 Mon 20:57

「つっかえる、つっかえる、つっかえる」
こう、ぶつぶつ、呟きながら、帰ってきた夫。

どうやら、新しく覚えた日本語は、「つっかえる」だった模様。

ちなみに昨日は「湯加減、ゆかげん」と、繰り返しながら、部屋に入ってきた。

「ゆかげんおねがいします!」と、嬉しそうに言うので、風呂にでも入りたいのかと思ったが、「ちがい!お茶のみたいんです。」と、怒られてしまった。彼の辞書で「湯加減」は、「お湯」と訳されていたとの事。

DSC06615.jpg
★その辞書使うの、止めたほうがいいと思います。なんとなく。

最近は、あまりに色々覚えすぎて、

「ゴーちゃん、クラスルームを日本語で言うと?」

「へいじつ!」

「ぶー、教室、ですよ。それでは、サークルは何ですか?」

「もちゃもちゃ、ちがい!もろもろ!」

「ぜんぜん違いますよ、答えは、まる、です。」

「いやだ!もちん、にほんご、わすれました、にほんじん ちがう!」

と、たいそう混乱している様子、そんな彼のお気に入りの文字は、やっぱり「麦」である。

DSC00143.jpg
★すみません、なんで「麦」なんでしょうか。

さて、そんな、自称日本人「ぱちぱち てつお」にも、日本で苦手なものがいくつかあった。

その中の最強の二つが、「温泉」、「モツやホルモン」だったのではないか。

温泉は、以前日本に帰った際に、二人で訪れたことがあったが、

「ぜーーーーーったいに できません!」

と、公共の場で、裸になることを、頑なに拒んでいた。

私は、「ええ湯じゃのー。」「本当にのー。」と、温泉で気持ちよさそうに和む方々をテレビなどで観てしまうと、祖母や母とぬくぬくと過ごしたお湯のまろやかさ、露天風呂から見る空の美しさを思い出して、ホームシックになってしまう。

どっぷり、誇れる、日本人である。

それに対して、夫は、「恥ずかしくて、とても、できません。」と、今回の一時帰国で、家族みんなで温泉に行った際も、「しゅみましえん。」と、一人でもじもじしながら部屋のシャワーで済ませていた。

DSC02506.jpg
★だって、なんだか、はずかしですよ。

以前、二人旅で訪れた日本の小さな町には、混浴の、公共の温泉浴場が、街のど真ん中の川のほとりにあった。そこで人々が、真っ裸にタオル一枚で、のんびりする姿を、橋を渡る際に見た夫、それまで嬉しそうにまわしていたビデオをぴたっと止めると、

「どうしよう!もちん、どうしよう!」と、真っ赤な顔をして、バタバタ一人で、不思議な騒ぎ方をしていたので、

「あれは、温泉といいます。温泉のお湯による効能は様々で、肩こりが楽になったり、冷え性の体もとても温まったり、皮膚病にいいと言われたり、そのお湯によって違うんですよ。」と、うやうやしく説明したところ、

「でも、冬なのに、そとで はだか、そして、どうして、おとさん、おかさん、みんな いっしょに はいるですか?あ、あのひと、タオルも ありません!みえちゃう!」

と、全く、効能などは、どうでも良いところに、意識がいってしまっているようであり、その後もしばらく橋の欄干からそれを眺めては、お湯につかる人から、

「にいちゃん、一緒にどうかねー?!」

などと、声をかけられ、

「けけけけけっこうです!わたし けっこうです!」

「なんだあ、ビデオとってんのかー、ピース!(おっちゃん、真っ裸でVサイン)」

「ひーーーーー」

と情けない声を上げて、後ずさりしていたものであった。

DSC05193.jpg
★はい、ビデオカメラ、いつも動画とります。日本はわくわくです。

そして、「モツやホルモン」、これは、生まれ育った家庭に、それらを食べる習慣がなかったので、当たり前である。

夫のお父さんは、小さな頃を、南アの孤児院で過ごした。両親は健在だったが、「子供の面倒を見たくない」と、放棄した彼らのせいで、夫のお父さんら兄弟は、孤児院に入れられた。

そこで出された、様々な料理の、悪い思い出のおかげで、夫の父ハンスには、今でも、食べられないものがたんまりある。それを見て育っているわが夫も、出会った当時は、たいそうな偏食であったと思う。

私が夫と暮らし始めた当初、ハンスは、仕事の関係でイギリスにいることが多く、その間は、私たちと一緒に暮らしていた。

それなので、同じ食卓を囲むことが多かったが、彼は絶対に、自分の作ったもの、しかも、同じメニューしか食べなかった。だけれど、家族と食事を取ることにはこだわっていたので、私たちは、必然的に、夕食は、ハンスと同じものを頂くことになった。

夫は優しく、父は絶対であったので、逆らって違うものを食べることはしなかったし、私は、優しさではなく、気を使い、「またかあ」と思いつつも同じものを従って食べていた。

そのメニュー。

「ソーセージと芋、豆のトマト煮(缶詰)、グリーンピース、サラダ」

「豚ロースの焼いたもの、芋、グリーンピース、サラダ」

「カレーライス、サラダ」

「鶏の胸肉、グリーンピース、フライドポテト」

もともと、南アでは、妻に料理を任せているハンスのことなので、これ以外に食べられるものはあっても、作れて食べられるものは、これ位しかなかった。そのせいで、私たちは、彼がイギリスに滞在している間は、このメニューを延々と繰り返し、食べたものだった。

ゴードンは、何のストレスもなく、それらを普通に食べていたが、私は、数週間もすると、体調すらおかしくなった。それはまた、別の機会に書こうと思うが、このような環境で育ったせいで、夫には、「食べられないもの」がいっぱいあったばかりか、「おいしいものを食べる喜び」すら、持ち合わせていなかったような気がするのだ。

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★私は、長野のおいしいおそばが大好きです。

さて、話は戻り、今回の一時帰国。

家族に温泉に連れて行ってもらい、それでも、裸で、大浴場に行く勇気のなかった夫、それを、とても気にしていたようである。

普段から、日本人になりたいと、強く願っている自分なのに、やっぱり、いざ日本に来てみると、文化の違いは様々で、それを超えられない自分を情けなく思っている様子が、そばにいて私には分かった。

私は、そんな夫を気にはしていたものの、敢えて無理をすることはないと、何も言わなかった。温泉に恥ずかしくて入れないなら、それでいいのではないか、そう思っていた。だが、

夫は、違ったのだ。やはり、日本人になりたかったのである。


温泉旅行から帰り、その足で、年越しと新年を迎える際に、父の実家である長野に向かった。
おばあちゃんにもご挨拶をし、家族の団欒を過ごし、さあ、寝ようという時になって、なにやら、携帯で英語のホームページを読んでいるので、

「?」

と、手元を覗いてみたが、そこには、日本で暮らす、とある西欧の人のブログがあった。

彼は、どうやら、家族で温泉に出かけたらしく、それからすっかり、温泉の魅力に取り付かれてしまったと、頭にタオルを乗せた、例の伝統的スタイルの入浴姿まで、写真で公開し、

「温泉は素晴らしい!」

と、ブログ上で大絶賛していた。

なんと、彼のプロフィールには、「温泉めぐり」とすらあったのだが、ブログの記事に「onsen」とタグ付けされたものを、夫はしつこく、しつこく、それこそ読みふけり、

「いやだ。」

と、ぽつり、と、呟いていた。

そう、また、例の、焼きもちである。自分より、日本人らしい、「外国の人」を見ると、「いやだ!」と、悔しくなってしまう、夫の「焼きもち」が、発生したのである。そんな事気にしても、本当にしょうもないのだが、それ程日本が好きなのであろう。

さて、その後、初めての「紅白歌合戦」、「笑ってはいけない」をリアルタイムで、コタツに「おせち」、日本のビール、焼酎でエンジョイし、みかんを食べ、大すきなカレーせんべいをぼりぼりし、「年越しそば」を無言で食べ、30歳にもなり「てつおさんへ お年玉」までもらうという、憧れのひと時をすごし、気分はすっかり日本人になった彼、

DSC02590.jpg
★鐘もついたデスよ。

新年を向かえ、お風呂にでも入りに行くか、父がそう言い出した時、家族は夫に、「大広間とかあるから、一緒に来て、ビールだけ飲んで待ってたら?」と、一緒に来るように、しかし、風呂には入らなくてもいいのだと、声をかけてくれた。

「ハイ、いく」

即答したゴードン、なにやら、バッグに、いそいそと何か詰めているので、気にはなっていたが、私はそのまま車に乗り込んだ。

着いた場所、ものすごく、ものすごく、地元の、ローカルの、田舎の、温泉浴場。

なんたって、うちの父は、長野の山奥の出身なのだ。家の近くには、車で15分の場所に「コンビニ」が一軒あるだけで、周りはアルプスに囲まれた、田んぼの美しい、筋金入りの田舎、本当に美しい、私が愛してやまない○○村。

「南アを思い出しますよ!」

そうゴードンをも喜ばせた、美しい田舎の、その、地元の人しか来ないような、小さな温泉施設の玄関で、私たちは靴を脱ぎ、

「ゴードン、あそこで待っていてね。」

大広間を指差した。

すると、なんと、彼は、

「いやだ、わたしも いくんです。」

と、言い出すではないか。

もうすでに、玄関先から、かなり目立ってしまっている、彼、お風呂を終えた子供に、「あ、がいじんだ」などと、指差されてしまった彼、

!!!!なぜ、ここで、勝負に出るか?ここじゃなくても良いのではないか?!!!!

その場にいた、みなが、いっせいにそう思ったであろう。

むしろ、例の川のほとりの温泉浴場級の、難関なのではないであろうか。

DSC02578.jpg
★本当に美しいところなんです。

「えっ?!」

急にどきまぎしだす父。当たり前だ。うちの父親は、まれにみない、シャイな人間なのだ。いきなり、「温泉デビュー」を果たしたいという「南ア人」の「義理の息子」を、面倒見なければいけなくなってしまったプレッシャーは、相当なものだったであろう。

そして、夫も、顔が真っ赤であった。なぜ、そこまで無理をして、温泉に入るのだと、私たちは口をあんぐり開けながら、玄関先で固まっていたが、夫が、

「たおるも もてきました!」と、バッグから、タオルを取り出したので、

ああ、ごそごそ、かばんに突っ込んでたのは、これだったのか、彼の決意はすでに、家を出た時点で決まっていたのかと、涙が出そうになったあほな私。

えらいぞ、さすが、ぱちぱち みしま 男爵 てつお!

「そんなら、いくか。」

「ハイ!」

父と夫、二人とも、なんだか妙にカクカクした、変な動き方で、温泉に消えていくのを見送った私たち、

母「大丈夫だろうか。」

妹「やばいんじゃない。」

姪「おじいちゃんもやばいよね。」

私はもう、初めてのお使いに行く子供を見送る気持ちで、どきどき、自分の風呂どころじゃなかった。

ずっと、長野の美しい山を、ガラス越しに見ながら、あったかな、懐かしい、日本のお風呂で、色々考えた。

この国は、美しいな。

そして、少なくとも、私の夫、南ア人の彼にも、夢を、勇気を、希望を、冒険を、温かさを、優しさを、友情、愛、語りつくせないいっぱいのことを与えてくれている。

本当にありがとうだな。家族、友人、恩師、みんな、ありがとうだな。そして、夫にもありがとうだ。

色々な思いがこみ上げた。その横で、「へーい」と、平泳ぎをする姪よ、君にもありがとう。

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★ボーリングまで、体験しました。楽しすぎて二日間、通わされました。疲れました。

さて、心の洗濯をさせてもらって、気持ちよくお湯から上がったら、夫が嬉しそうに、大広間で、父とビールを飲んでいた。

夫の顔は誇らしげで、嬉しそうだった。すっかり、その場になじんでいた。

「どうだったの?お風呂。」

さりげなく聞くと、真っ赤な顔で、「うれしんです!すげいよー。」と、興奮している模様。「大きくて、おじいさん、いました。こどもも いました。みんな たのし、やさしんです。いっしょに おふろ しました。」

父にこっそり、「どうだった?」というと、「ガチガチだったがね。最初はね。でも、窓から見えるアルプスがきれいだで、嬉しそうだったぞ。」

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★面白い飲み物も、もらいました。甘くて美味しかったデス。

めったにイギリスでは飲まない夫、日本ではやたらお酒が進む。聞けば、女性陣の風呂が長すぎて、すっかりジョッキ2杯目だという。「もういっかい のみます!おとさん いりますか!」

シャイな夫が、嬉しそうに、食券販売機に走る。食券を持って、カウンターに走る。「これください!」

「あんた、どっからきたの?背が高いねえ!」

「みなみ あふりか です。」

「それ、どこね?」

「すっごく とおい あふりかの いちばん みなみ です。」

「よう わからんけど、大変だったねえ、ゆっくりしてってねえ。」

「ありがと ございます!」

ああ、すっごく嬉しそう、嬉しそう。本当によかった、みんな、ありがとう、本当に、ありがとう。

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★全部がわくわくです。

私には、見えていないものもあるだろう、聞こえていないこともあるだろう、かつての私が、世界に対して全く不関心で、不勉強であったように、たまに帰る場所になってしまった日本のこと、知らないことも増えているだろう。

でも、私が、こうして、ここで、見ている、人々の優しさ、実直さ、素朴さ、丁寧さ、温かさ、夫の笑顔、それは、疑うことのない真実なのだ。今、まさに、ここにあるのだ。

こういう思いを、日本に帰るたびに、何度もらっただろう。何度、夫の最高の笑顔を見られただろうか。

夫の背中から目を離し、ふとテーブルを見ると、そこには、「おでん」と並んで、「モツ煮込み」が2皿もあった。

モツ、だ。

モツ、ではないか?

「お父さん、これ、ゴードン食べた?」

「ああ、頼んだったら、嬉しそうに食べとったよ。」

「おでんも?」

「自分でおでん食べたいっていうで。大根がうまいって、こんにゃくも食べとったよ。」

ビールを両手に、カウンターのお母さんに「子供用のお菓子」までもらって、嬉しそうに帰ってきた夫、

「かんぱいー」

ビールを一口、そして、箸を持つと、モツを一口。

ひええええ、食べた。食べた!!

「ごーちゃん、それ、何か知ってるよね?」

「はい、おとさん、いいました、うしの オファール(内臓)です。おとさん、かってくれた、だから、たべました。」

「(びくっ)だ、大丈夫ですか。」

「はい、おいしです、びっくりしました、これ、おいし。そして、おでんも、おいしです。まえ、ロンドンで、ともだち おでん つくってくれました、りょうほう だいすき、これもおいしです。」

克服した!

ぱちぱち様、一日で、二つも苦手だったもの、克服した!

今日は君にぱちぱちだ!!!

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★実はその後も、ホルモン食べました。びっくりしました。

長野の山は美しかった。雪帽子をかぶったアルプスに囲まれた、その小さな村で、私たちは、ゆったりと、見守ってもらい、日本という優しい国、家族、友人、みんなに抱かれながら、最高のひと時をすごした。

夫が、日本が好きな理由、最初は私には理解が出来なかった。なぜなら、常に、そこで生きてきた私には、当たり前に、そこにあったものの、何がそんなに素晴らしいのか、分からなかったからだ。

渡英して5年、今では、こうした瞬間に出会うたびに、夫の気持ちが良く分かる。私も夫も、日本が大好きだ。

夫はすっかりリラックスし、最後にこっそり、こう言った。

「もちん、おとさんは、(こそこそ)ワースト せんせい です、おんせん いったら、わたし、なにをする、ぜんぜん、わかりません、でも、おとさんは、すごく はやいです。これ、あれ、おふろ、そこ、そして、逃げました。」

どうやら、シャイな父は、夫に、どうやって温泉に入るかを、照れくささのあまり、ゆっくり説明しなかったようである。入るなり、必要最低限のことを言うと、湯船に逃げたようである。

予想はしていたが、相当可笑しくて、泣きながら笑った。

愛しい人が、日本にも、イギリスにも、世界中のあちこちにも、いっぱいいて、会いたくて泣きたい日もある、ホームシックの日もあるが、そんな人がいっぱいいる私は、なんて幸せなんだろう。

そして、夫にも、そういう人が、たくさん増えて、本当に良かった。寂しくて、一人で、荷物を抱えてウォータールー駅で一晩過ごした18歳の君に、もし、今出会えるなら、教えてあげたい。

30歳になった君は、善い人にいっぱい囲まれて、すごく幸せだからね。大丈夫だからね。

皆さん、私たちは、今日もイギリスの気まぐれな空の下、とても元気です!皆さんもよい日をお過ごしください。それでは、また。





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夫が爆笑しながら帰ってきた。

何でも、ロンドンの2012年オリンピックに向けて、交通局のCommissioner(長官とか、署長みたいな、大変お偉いさん)が、開催時の、公共交通機関の混雑を避けるため、公式なアドバイスを口にしたとの事。


その内容。

1.「家から働け」

・・・・初っ端からのけぞるのである。受付窓口や、レジ、工事などなどなどなど、にかかわる人は、どうしたらよいのだ。

「スタッフには、自転車や徒歩で仕事に来るよう、促進しろ。」

うち、めっちゃ遠いんですが。電車で1時間かかるんですがああ!!しかも、こっちは、自転車は車道しか走れないので、怖いのである。


2.「ビールを飲みに行け」

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★うえええ、本気ですか。

みんなが混雑時を避けるように協力すればきっとうまくいくよ、とその彼。
パブで暇をつぶせと言うことか?一刻も家に帰りたいみんなに、パブに行けと言う事なのだろうか。
むしろ、そのおかげで、ますます「仮病」を使って、会社を休む、二日酔いの人が続出するのではと、心配でならない。

3.「辛抱しろ。」

こ、これ以上、辛抱強くなれって、なんかの訓練キャンプですか?すでに、ロンドン5年、特に電車に関してはずっと辛抱しているんですが。雪の中、凍えそうになりながら歩いたことも、電車にいきなり閉じ込められて、膀胱炎になったことも、バスから突然、見知らぬ町で降ろされたことも、それでは、辛抱足りませんか?


そのほかにも、交通局は、混み合うと予想されている駅が確認できるように地図を発表しているようなのだが、

「混み合う駅には【なるべく行くな】」

・・・・・

無理です。まじで、無理。
夫、その駅周辺で働いているですよ。

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★思わずみんな、こんな顔になりそうでした。

このアドバイス、イギリスの大衆紙などでも「BE PATIENT,HAVE A BEER!」(辛抱しろ、ビールを飲め)などと、すっかり皮肉られていたが、夫のオフィスでも、さすがにブーイングの嵐。

「これは何かの冗談か?」
「ビール代出してくれるなら行くけれどな。」
「家から遠隔操作するシステムを取り入れ、教育するのに、ほとんどの会社ではさらに数年かかりそうだが。」
「やっぱりな。」
「うん、やっぱりな。」

それで、夫も爆笑しながら、帰ってきたわけである。

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★ちなみに、グレート・ブリテン。グレートだ。

さて、しつこくも、一時帰国の話。

かつては日本に住んでいた私、以前は夫が色々うるさく日本をほめるたびに、「普通じゃん、それ。」と、冷たくあしらってイライラしていたが、今回の一時帰国、たった2年振りであるのに、まるで自分が「完全な旅行者」みたいな錯角に陥るほどびっくりしたことがいっぱいあった。

まず、今回は朝一番のフライトであったため、前日はヒースロー近くのホテルに泊まった。寝るだけであったのでどうでもよかったが、クリスマスイブであったため、あまりに寂しいのもどうかと、そこそこのホテルを予約したのだ。

当然、歯ブラシ、なし。ドライヤーは、壊れている。いつもの事である。

私はこれが分からずに、ヨーロッパに来た当初、夫が必死ではブラシを携帯するのを見て、「ホテルにあるのに。」などと、不思議に思っていたのだ。

だが、今は、痛感したおかげで、旅行には必ず「歯ブラシセット」が欠かせない。

日本に無事到着し、関空でおいおい二人でうれし泣きした後、バスに乗って京都に行った。

今回は、合計で10日ほど、ホテルに泊まる必要があったため、予算の都合で、「寝るだけ」のホテルばかりを選んだ。安い順番から検索をかけて、「あ、これでいいや。」と、適当にぽちっとした。

だが、最初の京都のホテルで、二人で驚いた。

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★使っちゃった後でごめんなさい。

いや、笑わないでほしい。ヨーロッパから来たわたしたちに、これは驚異的なアメニティである。

くし、かみそり、シャワーキャップ、シャンプー、リンス、石鹸、それに、コットンパッド、麺棒、髪を結ぶゴム?えええ?

しかも、部屋には、「お洋服の消臭に。」リセッシュ。

さらに、コーヒーから紅茶、祇園辻利のほうじ茶、緑茶に梅昆布茶。

空気清浄機に、加湿器。

な、なんじゃこりゃ。


私は以前、ピアニストの仕事で、日本各地の有名ホテルにお邪魔させていただいていた。
その際に、楽屋として、お部屋をお借りすることもあったが、それはもう、絢爛豪華なものから、シンプルでスタイリッシュなものまで、いろいろあった。

それでも、その時は、どんな煮えたぎった、あほな頭を持っていたのだろう、「ふーん」ぐらいに思っていたのか、仕事のことに精一杯で気が回らなかったのか、まったくそれが、普通だと、勘違いをしていたのだ。

それが、どれだけ、思い上がった間違いであったか、今思えば、恥ずかしい限りである。今であれば、飲まなかった日本茶は、絶対にイギリスにもって帰るのに。貴重なんだもん。

その後も、泊まったホテルには、

携帯電話の充電器、

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★あまりにびっくりしました。


ただで選べる入浴剤をもらえたり、ロビーでコーヒー、紅茶、オレンジジュース無料サービスがあったり、しかも、どこにいってもシャワーは勢いよく、たっぷりお湯が出て、ウォッシュレットトイレもついていて、夫も私も、パラダイスにいるような気になった。

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そして、飲食店。
夫が、「牛丼が食べてみたい。」と言うので、チェーン店のひとつに連れて行ったが、200円台のそのお値段に、ひっくり返りそうになった。

朝の時間だったので、定食にし、のりがついてきたが、夫は「もちん、のり、もってかえろー!」とやたらに興奮し、イギリスにまで、その小さな海苔を持って帰ってきてしまったほどである。夫のかばんに、「○○屋」と書かれた、小さな海苔が、くしゃっと入っているのを、イギリスで発見したときには、なんとなく哀れで泣きそうになった。

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★いっぱい置いてあるサービスのドレッシングやしょうが、ごまとか、涙出るよね。

「あたたかいご飯が、朝でも夜でも、どこでも食べれて、しかも安くて、おいしくて、日本にいると、俺は常におなかが減ってる気がする。」と、遠い目をして、悟ったように夫は話していたが、そういう彼、デパ地下で、コンビニで、駅前で、常にその目をきょろきょろ光らせ、

「あれはなんですか?」
「これはなんですか?」
「食べたいんデス!」
「これ ちょう(名古屋弁。頂戴の略)」

私より忙しく、特にお菓子に関しては、きびきびと動いていた。愛する鼓月さんの千寿せんべいは、滞在中に30個は食べていたのではないか。京都で、鼓月さんの茶房に行った際には、感激のあまりに、

「これも あれも これも あれも そして ミルクティーと 抹茶ちょう ちょう! ちょうだいんです!!」

と、お店の人が、思わず笑いをこらえ切れないような、興奮っぷり、あんみつをいただいては、「ほえーーーー。。。幸せ。。。」と、ほっぺたどころか、顔全体がもはや、くちゃくちゃに下がってしまっていた。

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★無作法ですいません。

私に電話がかかってきて、失礼ながら席をはずしたが、3分ほど経過し、戻ってみれば、全部空っぽ、言葉にならない怒りがこみ上げたものである。

お店を出てみれば、隣にある、京ばあむなどの他のお菓子屋を発見、「こ、これも!!」と、駄々をこねるので、「勝手にしてちょー!」と、置き去りにすると、「これ いっぱい くだせえ。」などという声が、背後から聞こえていたのだ。あああ、頼んでる!

そして、すべてが、ありえないほど完璧に、きれいに、ラッピングされているのだ。びっくりしたのは、コンビニのチョコレートも、一個一個、紙に包まれていることである。200円しないチョコレートでも、ガムでも、箱に入っているので開けると、一個ずつ、金銀みどりの紙で、包んであるのだ。たまげた。

そして、どこにでも、開け方の説明や、「ここから開けてください」の切りこみがあるのだ。

ミントタブレットなどは、一粒ずつ出てくるように、容器が設計されているものもあり、夫は「ありえない」と首を振っていた。
「オンリー ジャパンだ。」

それから、自動販売機で、温かな紅茶が売っている事実に、夫はものすごい衝撃を受けていた。

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両親に連れて行ってもらった、ステーキレストランでは、なんと、お店のバスルームに歯ブラシが完備されていた。お食事後の歯ブラシがついてくるのである。

そして、とあるトイレをお借りしたとき、夫がなかなか出てこなかったので、「どうしたのだ」とつつくと、「す、すげいよー、ビデオ とりますた!」

日本のウォッシュレットのすごさはYOU TUBEなどの動画でも紹介されているが、これ、本当に、ロンドンではお目にかかったことが無い。
私だけかもしれないが、日本以外の国でも、めったにお目にかからない。

夫は日本に何度もきているので、その凄さは分かっているつもりであったが、今回は、「ぱちぱち」としてしまったそうだ。
まず、ドアを開け、近づいたら、いきなり、便座の蓋が自動であがった。それで「ひょえーーーー」となった夫、座ったら、なんと、温かい。

これは撮影しなければと、一人で、アホにも、個室に閉じこもり、色々ボタンを押し、撮影していたのであるが、その最中に、ボタンを押していないのに、水が勝手に流れ始めたと言う。

「こわれちゃった。」

そう思った夫であったが、後から、常にトイレをきれいに保つために、水を少しずつ、流しているのか、それとも、勝手に「終わる」と同時に流してくれるのか、ビデオを見て二人で研究したが、日本を遠く離れた私たちには謎のままであった。

しかもそのトイレ、自動で流してくれるらしく、センサーに、うっかり手を近づけた夫が、「ひゅおおおおんん」と流れたトイレに「おわああああ」とおったまげる姿まで映っていた。トイレ一つで大騒ぎ、安上がりな夫である。

なんと、その後、消臭機能もついているとのこと、ビデオで発見したが、どこまで凄いんだ。

そして、手を洗う際には、シンクに手を差し入れると、まず、ソープが自動で出てくる。そして、水が、温かな水が(凄い)自動で流れる。
その後、たまげたのが、温風まで流れる。その間一歩も動かないでいいのだ。

これは一体、本当に、私は、ここで30年も生きていたのかと思うほど、びっくりした。感動した。

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★回転寿司の進化に、夫はビデオカメラを回し続けてた。

一分の狂いもなくちゃんと動いている電車、1万円札を入れると、お札でおつりをくれる自動販売機、あんなスピードで走っているのに、ものすごく静かな新幹線、一度に切符を2枚以上重ねてもきちんと動く、改札、24時間開いているコンビニ。。。とにかく、以前ご紹介した知人ではないが、私たちも、すっかり驚いてしまった。

すっかり、エネルギーももらい、カルチャーショックも覚えながら、楽しい日々はあっというまに過ぎ、出発日の朝、関空から家族に電話をしたのだが、不覚にも、やっぱりぼろぼろと泣いてしまった私。

急に、猛烈に涙が出てとまらず、なんか、自分のキャラクターとは違うと思いつつ、涙がぶああああああと出てきて、止まらなかったのだ。それを見た夫、「もちん わたし おばさん 話す。」と受話器を奪い取ったはいいのだが、

「おばさん ほんとう ぜんぶ ありがと ござますた とくに おおきな 肉 かいました ほんとう おいしかった 大きな 肉 かいました ありがとう また あいます 肉 おいしかた 肉ありがとう。」

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お正月に、お肉が好きなゴードンのために、祖母が「孫の刺身はどうでもええ」と、素晴らしいお肉を用意してくれていたのだ。
しかも、祖母は、80歳を超えるというのに、鉄板の上で、それをじゅうじゅう、男前にも厚切りに豪快に焼き、モダンなマッシュポテトまで添えてくれた。本人も、じいちゃんも肉など、ちっとも食べないのだ。それなのに、確実に祖母の顔の3倍はあるその肉の塊を、惜しげもなく、ばあちゃんは、ゴードンに、家族に、ご馳走してくれた。

「・・・・・ふわえええ・・・」と、言葉にならないで、変な声を発して、「おいしい・・・」ととろけていた夫、それがどうも、忘れられなかったようで、思わず、電話でそれを口走ってしまったのだが、

となりにいた私は、「え?肉の話?いま?この時に?なぜ?繰り返し?」と、
ぐるぐると、肉肉肉だけが頭をめぐってしまい、急に笑いがこみ上げてきて、泣いているのに、笑いが止まらないと言う、どこまでも関空でおかしな人に認定されてしまったと不安でたまらない。

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★お肉といえば、京都の焼肉弘 先斗町店の方々は、2年ぶりの私たちの事も、覚えて下さっていて、いつもと同じく、お外まで手を振ってお見送りしてくださいました。じーんとしました。


そして、出発のとき、「いやだあああああああ!!!」と駄々をこねる夫の手を無理やり引っ張り、「ほら いくよ!」と、ゲートに歩き出したのだ。「いやだああああああああああ!」夫は本当に、ものすごく重かった。足が、真剣に、関空にへばりついていた。

「家に帰るんだよ!」そういうと、「ロンドンは家じゃない!いやだいやだ!」

機内で、機内食を食べるくらいだったら、おにぎりが食べたかった。機内食が嫌いなのではない、また、当分帰れないのだ、一食でも多く、日本のご飯が食べたかった。だから、最後のあがきで、ワンカップとおにぎりで乾杯したかった。

「うわあああ」とうるさい夫をおいて、ゲート近くの売店に寄った。

「これからね、イギリス帰るんです、2年ぶりの旅行、楽しかったです。」思わず、レジのお姉さんに話しかけた。

「お気をつけて、またお帰りになれるといいですね、日本も相当変わったでしょう、次回も、お気をつけて、帰ってきてくださいね。」

そうして、「ありがとうございました!」と笑顔で送り出してくださった。

相変わらず、足取りが重い夫に、「ロンドンが私たちの家、おかんがそういっとった。やることやって、しっかり働いて、また、その時は、日本にこればいい、でも、ロンドンが、私たちの家、日本に帰るんじゃなくて、来るんだよ、おかんはそういってた。」と、繰り返した。

自分にも繰り返していたのだけれど、それは、夫に悟られたくなかった。私は、ロンドンで、普通に、平和に暮らす。それが、こんな、素晴らしい里帰りをプレゼントしてくれた、夫への一番の恩返しだと思った。

「ロンドンに帰ったらやりたいこと、いっぱいあるよ。一緒に、手伝ってね。」

そういうと、夫は、しょげながらも、小さく、うん、と頷いてくれた。

飛行機から見る日本は、あっという間に小さくなった。またね、日本、またね。友人、家族、みんなの笑顔が浮かんでは、胸にこみ上げたけれど、私は、ロンドンで前向きに生きていく、それだけを考えようと、思っていた。

機内で飲んだワンカップ、おにぎり、本当においしかった。
配られた、お水のカップに、「日本の水」とかいてあり、思わずもって帰ってきてしまった。帰宅した次の日の朝、冷蔵庫から取り出して飲んだら、まろやかで、優しくて、祖国の味がしたので、ちょっと泣いたが、「やろう!」と力も出た。

そして、帰国から2週間。
ジムにも入会し、ランニングで汗をかき、友人といっぱい笑い、普通の毎日だけれど、私たち、元気です。日本の皆様も、お元気で、次にお会いできるまで、私たちもがんばります。

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うちの夫は育った南アの環境がそうさせるのか、彼の性格なのか、警戒心がものすごく強い。

道をひとつわたるにしても、「横断歩道、車が来てなきゃ、渡っちまえ。」の、ロンドンにおいても、絶対に、頑として、赤信号では渡ろうとしない。右、左、右、左、右、と、顔をぶんぶん振り、真剣にいつまでも繰り返しているので、「こんな人形、昔なんかのホラー映画にいたっけなあ。」と、最初は思ったものだ。

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★そして、いつも、険しい顔してるしね。

夜道で人の足音が背後から聞こえようものなら、歩く速度を落とし、その人を先に行かせつつ、「ああ、よかった、危ない人じゃなかった。よかった。」と、何度も繰り返すのである。

家の玄関や窓は、寝る前に必ず、10分以上かけて全部チェックをする癖もある。

一度などは、キッチンで夜中にマグカップを洗っていたら、猫が目の前の窓にジャンプしてきて、「ぴかーー」と目が光ったらしい。

「ぎょーーーーええええええーーー○×▲×!!!」

と、二階に駆け上がり、寝ていた私、叩き起こされた。「もちん、攻撃されますた!!!!にこ、ひかります!!」

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★まさに、こんな感じで。うちに来るパトロール猫、今日もご苦労様。

そりゃあ、猫なので、目も光るだろうと、安眠を妨害されて「む」ときたが、それ以来、お皿を洗うにも、どきどきな彼、

「すすぎは念入りに!」と、日本人の私に散々うるさく言われているが、それでも、秒速で、泡泡が残ったまま「やりますた!」、夜の猫が怖くて、毎晩、見事に泡を残し、たったと逃げ出しているのである。

そういえば、ホラー、サイコ映画を見てしまい、階下に一人で行けない事はしょっちゅうで、「お茶が飲みたい、でも、怖い、でも、飲みたい、怖い・・・・どうしよう!」と、二階の階段おりる手前、すなわち寝室の前で、犬のようにぐるぐる回りながら、終いには、

「一緒にいってちょう。(名古屋弁)」

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★名古屋が大好きだがん。

はあ、私は、夜中の1時に起こされる。そして、あくびをする私の背後から、私のパジャマの裾を文字通りつかみ、こわごわとついてくるのだ。

一度、冗談で、そのまま階下に放置してきたら、「こわいこわいこわい!!!」と、お茶にミルクを入れずに、ティーバッグはそのままカップに入れて、階段を二段飛ばしで駆け上がってきたことがあった。

身長186センチの立派な大人のその迫力に、君のほうが、よっぽど怖い、そう思ったものだ。

ここまで行くと、警戒心が強いと言うより、ただの怖がりではと思えてきたが、どうであろう。

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★私はこの看板が、とても怖いと感じたが。

他にも上げればきりがないほど、いつも「ぴりっ」としているのだが、その彼が、本当に、「ほえー」、何を話しかけても「ほえーーー」、声を上げて呼びかけても、「ほえええええ」としていたのが、今回の一時帰国だった。

彼の様子がおかしいと気づいたのは、飛行機の中であった。普段、飛行機に乗ることは多いが、着陸のそのときまで、ゲームで遊んでいる彼が、日本列島が見え始めたあたりから、「にほん みえますた!にほん、にほん!!」と、航空経路を示す画面に騒いでいたのだ。

ずっと画面を見続けていた彼、なんと、日本列島にさらに近づくにつれ、涙ぐみ始めた。驚いた。そして、私も、つられてか、ほろっとしてしまい、無事関空についた時は、二人でおいおい泣いていたので、周りの人には「なんだ、このカップルは?」と、不審に思われていたであろう。

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★んん、でも、南アに帰ったとき、初めて飛行機に乗ったみたいに、空から写真とってたね。君は、嬉しいことを恥ずかしくて、素直に口にできない人なのか。

さらに、空港内を歩く彼、浮き浮きしてコンビニに飛び込むかと思えば、「???」私のはるか遠く、後ろを、のそーーーーと、豆粒みたいに歩いている。豆にしか見えない距離で、カタツムリみたいに歩いているのだ。

ロンドンにいる限りは、いつも、「外は危険、家に帰りたい。」とでも思っているのか、やたらの早歩きに、「ちょっと、待ってよ!」と、私がぜーぜー言っている毎日。

家呑み後、友人を駅に送り届ける際などは、「ゴードン、早すぎ!!」とみなに文句を言われるほど、早歩きの彼。

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★ブルーベルを見に行っても、追いつけないもんね、森の中で怖かったのかな。

だが、このときは、本当に、豆粒の夫を見て、たまげてしまった。なんて、なんて遅いんだ。遅すぎる。

いらいらと、立ち止まり、夫の到着を待ったが、本当に、カタツムリのほうがよほど速い、そう思うほどの速さで、「のそーーーー、のそーのそー」その距離は一向に縮まらない。

不思議なもので、ロンドンでは怠け者代表みたいな私も、日本に足を踏み入れたと単に、やたらに元気になる。お日様の光、慣れ親しんだ看板、アナウンス、懐かしい香りで一気に、リズムを思い出す。夫に、後に、「別人」と言われるほど、それは、きびきび動けるようになる。

なので、夫のカタツムリに「いらいら」を隠せず、「なにやってるの!」と、思わず駆け寄った。

夫は口をぽかーと開けて、「・・・・・え?」と言ったっきり、立ち止まってしまった。

「遅すぎる、早くしないと、バス乗り遅れる!」

そう捲くし立てる私に、「うーー」と、唸ったきり、やっぱりぽけーとしてるのだ。

さすがに、病気になったのではと思った。これは、おかしい、あまりに間が抜けすぎている。熱でもあるんじゃないか。そう思った。

「具合でも悪いの?」

そう聞いた私に、夫は、一瞬ぴくっと反応し、こういった。

「うれしいんです、それだけ。あたま おなか げんきです、でも、うれしん です。にほん うれし、もちんも はやい げんき うれし。もうすぐ おとさん おかさん みんな あいますも。」

私、あっけにとられた顔をしたのであろう。夫がこんなにリラックスしてるところを見たことがない、衝撃的な発言で、一瞬、何も言い返せなかった。すると、夫は、自分の日本語がおかしいと不安になったのか、英語で、こう付け加えた。

「2年ぶりに、本当に、休んでいる気がするんだ。ごめん、ただ、気が抜けて、嬉しくて、君が元気なのも嬉しくて、とにかく、力が抜けた。」

それを聞いて、私は、また、アホにも、ぶわああと泣いてしまった。忙しく、空港内を行き来する、人々の邪魔をしながら、嬉しくて、おいおい泣いた。

2年間、いろいろあった。思えば夫も、南ア人、外国で暮らしていると、イギリスで寂しく感じているのは、私だけではなかったのだ。私が文句たらたら、家事をする気力もなく落ち込んでいる時は、洗濯物すら片付けながら、仕事もこなし、どれだけプレッシャーを背負っていただろう。

そして、優しく、単純、シンプルな人なので、私が悲しければ、彼も罪の意識を感じていたに違いないのだ。どうして、ここに留まらせているのだろう、どうして、日本で二人で暮らさないのだろうと。

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★君も家からうんと遠かったね、懐かしいに決まってるよね。ごめんね、ごーちゃん。

思いが頭をぐるぐる駆け抜けたが、夫が、「あ」と小さく声を上げた。
「CCレモンだ。」

自動販売機を指差し、急に機敏になり、駆け寄る夫。
「まって、小銭もお金もないから、まだ・・」
そう言った私に、得意げに、ビニール袋を掲げた夫の手には、いっぱいの日本の小銭が。

「2年前からお守りで取ってあったですよ!」

2年間いろいろあった。帰るチャンスが無かったわけではないが、私も意固地になっていた。自分たちの生活を、まず、ロンドンで、立て直そうと思っていた。クレジットクランチで一度は職を失った夫、次の仕事が見つかるまで、数ヶ月かかったっけ。

それに、彼を、南アに帰らせてあげたかった。9年も帰っていなかった彼だった、ご両親にも会いに行きたかった。南アも日本もイギリスからはかけ離れているため、彼も長期間の休みをそうそう取れず、どちらかを選ばなければいけなかったこと。

私も、ストレスが多い異国での生活ではあったが、このまま日本に帰っては、「逃げ帰る」だけなのではと、勝手に頑固になっていた。ロンドンで、普通のことを普通にやって、二人できちんと生活をして、笑顔で家族に会えるくらいの余裕ができてから、少しは成長してから胸張って帰ろうと、アホみたいに自分を追いやっていたのだ。

医者にいってもろくに見てもらえず、何度も日本に帰ろうと思ったが、「ここでGPときちんと話せないようでは、この先どれだけ住むのか分からないのに、解決にはならないのでは。」と、本当に頑なだった。

だが、いざ、こうしてみると、すでに空港でおいおい泣いているではないか。人間早々変われるものではないのだ。辛い時は帰ればよかった、無理しなくてよかった、夫も、無理をしている私といて、辛かっただろう、それなら、よほど帰ればよかったのだ。

私がイギリスで4年間頼んでも、紹介してもらえなかった検査、もしくは、完治しなかったまま放っておいた持病は、日本の病院に駆け込んだら、たったの1時間で全てやってもらえた。ラッキーだったのかもしれないが、検査結果の待ち時間に、皮膚科にまで回してもらえて、きっかり1時間であった。

あんなに悩んでいたことが、すらっと晴れてしまい、身も心も軽くなった気分で、イギリスに帰ってこれたのだ。興奮して、その大変を話す私に、あんなに病院嫌いの夫ですら、「実費でいいから、検査は日本で受けたい。」と言い出すほど。

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★もうすぐ、また、春がきますよ!

夫にもらった小銭で飲む、久々の、日本の健康茶は、とてもおいしかった。ペットボトルの作りおきであるにもかかわらず、本当に、生き返る気がした。生まれた場所、慣れ親しんだ場所、祖国とは自分にとってはこういうものであるのかと、日本を離れて5年目で、初めて知った。

その後も夫は、地元名古屋で、京都で、奈良で、首からカメラ、右手にはビデオカメラ、左手にはCCレモンを持ちながら、「もう少し、さっさと歩けないですか。」と言うくらい、本当に、ぽけーーーとしていた。

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★本当に、どこでも、こんな顔してたよね。


ロンドンで、これなら、間違いなくスリに会うだろうという、文面ではお伝えできない「だらーー」とした感じで、「のそーー」と歩いては、「もしかして、半分寝ているのでは」と、私を心配させた。

そして、他の国では、絶対にしないであろう、「食べ歩き」に、それは、夢中になっていた。地元名古屋の大須観音で、「栗子焼を食べたい。」と列に並んだ姿に、私もたまげた。生まれ育った環境もあり、彼は、屋台などでものを買うことを、極端に嫌う。知らない人が作ったものは、何が入っているか分からないと、家族を亡くした経験から学んでいるはずなのだ。

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★ジュースかって帰ってきたら、君が並んでいて、びっくりしますた。

それなのに、日本では、あれがほしい、これもほしい、東京バナナは食べ、たこ焼きもたべたいだの、大好きな千寿せんべいも毎日食べ、温泉に家族といった際には、ローカルの「佃煮街道」で、試食をしまくり、波まくらのお店でもタダの試食をむさぼって、(日本以外では絶対にしないであろう)終いには、

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★まるで、整頓できない、大人の机だ。

「お菓子は一日2個まで!」と、自分で渋々ルールを決めたほどである。(それでも、限定キットカットを見つけると、だーーーーと走って、レジに持っていっていたが)

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★それでも、やめられなかったね。

唯一はりきっていたのは、例のモンゴル行きと、「としこし わ なんじ ですか。」と、何かのパーティさながらに勘違いをしていた、初めての年越しイベントだったであろうが、そのときも、本当にずっと、こんな調子で、リラックスしていたのだ。

その夫、私の横を、日本の皆さんは、仕事に、お買い物に、学校に、忙しく通り抜けていた。誰一人、「邪魔!」と声を上げることもなく、平和的にものすごい秩序が保たれていて、改めて、驚いた。

しかし、「もちん みて」と、ニコニコ夫が指差す先には、「あらま これじゃ たりんかね。」「だから ばーちゃん、おかねは そこじゃなくて、ぽっけに いれたったがね。」「どっちのぽっけじゃ」
ほのぼのと、バス乗り場で、何度もやり取りするご家族、それを、バスの運転手さんが、せかすこともなく、待っていた。

夫は「日本の人は、本当に、人情味があって、面白い。」と、そういう光景を、嬉しく拝見していたのだ。

みんなの生活の中に、少しだけ、3週間ほどお邪魔させてもらって、私たち、本当にリフレッシュしたのだ。現に、ロンドンに帰ってきて、ホームシックでダウンしているのは、私ではなく、彼である。

いい気をいっぱいもらい、エネルギーを、笑いを、パワーをもらい、すっかり元気になって帰ってきた私、いつになく、前向きで、毎日は平和で面白く、いい加減である。日本にいたときと変わらず、自分勝手に、やるべきことは後回し、ただ、少しだけ、「ローストポテトもおいしいな。」って、これが、かなりの良い変化であることに、自分でも気づいているのだ。

最後に、昨日、ロンドンで、買い物をした際に、レジの女性が、大爆笑し始めた。「OH NO!どれだけ、盗難防止のタグくっつけたら気が済むのよ!こんなにいっぱいいらないのに!どうやって取るのよ!」
覗き込むと、万引き防止のタグが、ひとつの商品に、6つもついていた。彼女は笑い続け、つられて私も笑った。

こんな大らかなロンドンも、いいな、と思うこの頃である。日本の皆さんも、お元気で!
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以前ブログでご紹介したが、うちのじいちゃんは、90歳を過ぎ、はじめてゴードンに会ったとき、英語で、

「わたしゃ モモグラモの ばあさんだよ、ウェルダン!」

と、性別も、ウェルカムのつもりのウェルダンも、すべて間違い、自己紹介をした。

夫も「ごどんと もします よろしゅく!」などと、怪しい日本語炸裂だったので、この勝負は引き分けのまま2年後、今回の一時帰国。

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★日本刀がみたいとずっと言っていたのにね、まさか、家族が持っていたとはね。生まれて37年しりませんですた。備前に見学に行く計画まで立てていたのに、「あるぞ?」って。。。

さて、そのじいちゃんはじめ、うちの家族は「まことにおもしろい」と分かっていたものの、今回の帰国では、もう、疑うこともなく、「まことに相当おもしろい」のだと、改めて感心したのであった。

何しろ、「新年会」の計画からして、怪しかった。
妹のだんなさん、すなわち、私の義理の弟が、フェイスブックで、その企画をしていたのを見て、帰国前にロンドンで夫と、「日本で新年会なんて何年振りかな、みんなで鍋とかやるのかな?わくわく。」と、張り切っていた所、ふと、そこにあったある文字にのけぞった。

そこには、


「モンゴリアン居酒屋シンキロー・なんと民族衣装着放題。」

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★奈良公園の鹿に関する看板を見たときと、同じ衝撃です。


シンキロー、


シンキロー・・・・

民族衣装、なんと、着放題。

シンキローでモンゴル衣装・・・・なんと、着放題!!

夫の顔をチラッと見たが、固まっている。私も固まった。

「な、なんで、2年ぶりの日本でモンゴル・・・・」

そう思わず私はつぶやいたが、夫は別のところに不安があったらしく、

「これは・・・着ないといかんだがん?」

と、最近さらに覚えた、怪しい名古屋弁を交えて、民族衣装の写真を何度も凝視していたのである。

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★蜃気楼じゃないけれど、二人ともこんな感じで、さまよってたよね。

楽しい日々はあっという間に過ぎて、無事日本で年越しも迎えた私たち、いよいよ、その、新年会がやってきた。

妹と、姪、夫とてくてく、街中を歩きながら、その「シンキロー」を探す私たち。その途中に、ホストクラブがあったので、妹が、「ごーちゃん、これが日本のホストクラブよ!」と、ディープな日本の風俗文化を得意げに紹介、ちなみに、その場にいた姪、7歳。

ゴードンと、興味のあった私も、「ふえー」と店の外にあったホスト様たちの看板を拝見していたが、いきなりお店のドアが「がたん!」と開き、そこから金髪のホスト様がお出ましになられた。

お客であろうと思ってくださったのか、お店の外に出てきてくれたのはいいが、そこにいたのは、

怪しい西欧人、女性二人、そして、姪7歳、目指すはシンキロー。

お互い、固まった。私も固まった。

しかし、そこは、プロである、見てみなかったふり、何事も起こらなかったかのように、彼は私たちをいないものだと決め込んだ。そして、どこかに行ってしまった。

シンキローの前に、すでになんだか、緊張しすぎて、どきどきした一瞬である。
果たして、私たちにシンキローは見えるのか。

しばらく歩き、妹が「あっ」と声を上げた。「あれあれ。あったよ!」

寒々とした名古屋の飲み屋街に現れた、広大な砂漠の夕焼けと、らくだの群れを背景にした
、凛々しいその看板に書かれた文字、まさしく、「シンキロー」。

ゴードンが気の抜けた声を上げた。「らくだ が いち に さん・・・・」
うん、間違いないよね、だれがなんていっても、あれだよね。。。

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★すみません、思わず元エジプト在住の弟の写真を拝借しました。


わくわく、いや、実はちょっとびびりながら、偶然居合わせた、他のお知り合いとお店に入る。

中は、モンゴルのグルのようなつくりで、私は一瞬、どこに帰ってきたのだと錯覚を起こしてしまった。

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★いや、日本に間違いなく帰りましたとも。

まあ、衣装とか、着なくていいよね?と思っていたら、新年会のメンバー、妹の友人が、
「俺、着たい!着てくる!」
と、早速ついて早々、衣装替え。

はやっ、そして、着るのですか?!!!!

妹も、「わたしも。」と、きっぱり、何より率先して、娘(姪)をつれて、行ってしまった。


ひええええ、うちの家族、知り合い、やっぱりどこか、違う。


ゴードンは、もじもじもじもじしていたが、あまりの雰囲気に、圧倒された模様であったが、彼らが着替えを済ませて出てきた姿を見て、目をキラリ。

「き、着たいんです!!!わたし 着たいんデス!!!」

えええ。

着るのか?キャラが変わっていないか?

あんなに恥ずかしがっていたのに・・・・・・着るのか?

お店のお兄さんがとてもよい方で、一人ひとりに似合いそうなものを選んでくださったのだが、ゴードン着替えて出てきたとき、その場にいた人はみんな爆笑した。

「それ、敵国の王子じゃないすか!」
「攻め入ってきた、異民族だよね。」
「で、でも、妙に似合っていて、ぎゃーはっは!!!」

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★怪しいです、怪しすぎます。

本人は、大変気に入ったらしく、一人でご満悦であったが、私は自分も着替えながら、(はい、着ました。もちろんです。)もしかして、うちの家族は、ゴードンのことを私より分かっているのではなどと、不思議に思ったのだ。

後から来た、企画をしてくれた義弟、彼らの友人や知り合い、たくさんの人と一緒に、最高の時間をすごした。みんな、温かくかくて、気取らなくて、優しい人たちばかりだった。

お酒も回り、みんなが衣装を脱ぎだしても、夫は頑として脱がなかった。よほど気に入っていたのであろう。

そこに、なにやら、セレモニーが始まった。

お店のお兄さんが、

「今日はたくさんのお客様がいて、うれしいです。遠方から来た人がいます、歓迎の意味もかねて、セレモニーをします!・・・・あっ、そこのお客様は、どこからいらっしゃいましたか。」
他人事で飲んでいた私、ゴードンが小さく、隣で、「ひえー、どうする」と言うので、はっとわれに帰った。

は、やばい、お兄さんの目線の先、ゴードンだあああ。

むごむごむごむご恥ずかしさのあまりに言うゴードンの代わりに「南アフリカですよ!」と、私もてんぱって、イギリスどころか、彼の故郷の名前を答えてしまった。

「おおう!遠い!」

お兄さんはそううれしそうに答えると、「それでは、今から、モンゴルのセレモニーをします、みなさん、私について、歌ってください。そーれ!」

そうおっしゃると、器用に、手に持っていたポットから盃のようなものにお酒を注ぎつつ、ゴードンに近づいてきた。自分で歌う、ものすごい大きな、メロディーつきで。

「いやーほーなんたら マネーディレレ!!マネーディレレ!!マネーディレレ!!!はいっ、いやーほーにゃらら マネーディレレ!!マネーディレレ!!!マネーディレレ!!!皆さんご一緒に!」

「ぎゃあああああ」

お兄さんの勇ましい声とは正反対に、ゴードンはかえるのような声で、びびりまくっていた。なんといっても、自分が一番になったことなど、無い人なのだ。いつでも、「ケッコウデス!」と、後に回ってしまう人なので、この状況は、たぶん人生で初めてのことであろう。
いよいよ、お兄さんがゴードンの前に立ち、盃をぐっと力強く渡してくださった。夫はそれを受け取ると、ぐいっ、飲み干した。
マネーディレレーーーー(すみません、聞き取れずに。)

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★マネーディレレーーーー

その後は、もう、めちゃめちゃである。なんと、同じ歌を歌いながら、5分、いや10分近く、そのセレモニーは繰り返され、私の家族も、友人たちも、他のお客さんたちも、ずっと、マネーディレレーと繰り返しながら、盃をいただいた。飲んだ。手をたたいた。

妹の友人たちは、本当に、自然体の人たちばかりで、みんな、拍手をし、踊りながら、それにあわせて嬉しそうに参加していた。

ふと横から、小さな声がしたので、夫を見ると、嬉しそうに、真っ赤に「マネーディレレ。。マネーディレレ。。。」と呟いているではないか。音感、リズム感がまったく無い彼のこと、それでも、嬉しくて、みんなのエネルギーに感化されて、口が動いてしまったのであろう。

私は、本気で、泣くかと思った。南ア育ちだからどうではない、人と、あまり、上手にかかわってこられなかった、頑なな夫が、こうして、温かな日本の仲間に迎えられて、やさしいモンゴルのお兄さんに歓迎してもらって、遅ればせながらも、青春のページを刻んでいけること、本当に嬉しかった。

「本当に、ありがとうね・・・。」思わず、感動して、妹に声をかけたが、
「ええええ、なにがあああ?はははーー。」と、こちらも完全に酔っ払って、聞こえない。

いやー、楽しかった。理屈なしに、楽しかった。こんなに笑ったのは久々だった。
ゴードンはずっと、ニコニコしていた。ずっと、ずっと、笑ってた。

一時帰国は、私にとって、故郷に帰るという大切な行事だが、夫にとっても、日本は、「おうち」になりつつある。それが私には、嬉しくて嬉しくて、また、二人で帰れる日まで、健やかでいようと思うのである。

イギリスではいつも、ぴりぴり、警戒ばかりしている夫が、日本では、口を半開きにして、亀のような速度で、「のそーーーー」とのろのろ歩いていた。目は半分、閉じていたのではないか。

どこか病気になったのではと心配するほど、体の力が抜け切っているその様子に、ゴードンにとっても、ここは、安らげる場所なのだ、家族がいて、友達がいて、大すきな日本で、リラックスしているのだと、嬉しくなった。

日本もいろいろある、私たちはホリデーで出かけて、おいしいところだけ味わって帰っていくが、生活している皆さんは、ご苦労も、大変な日々のことも、もちろん、あると思う。

それでも、夫が唯一、こんなに、あほ面をして、全身リラックスしきって、町を歩ける、優しい町を保ってくださっている日本のみんなに本当にお礼をいいたい。

みなさん、また帰るときは、「のそー」と歩く夫が、ご迷惑をおかけするかもしれません、いつも、温かくしてくださって、ありがとうございます。

じいちゃんの話は、また別のストーリーで。

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